ぞっとした体験

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医療安全委員会というのがあって、毎月のように参加している。病院の各部署での安全にまつわるトラブル、というか「あぶなかった……!」くらいの、「トラブルをぎりぎり防げました」みたいな話を共有する。

会議だから、眠いしつらいしめんどうくさい。ドラえもんかわりに行ってきてよ。と言いたくなる。しかし出るとなんだかんだで参考になる。

「オペ中にドクターが◯◯と指示を出したところ、スタッフのひとりが△◯と聞き違えましたが、その場にいたほかのドクターが『……今、聞き間違えなかった?』と指摘して、『えっ? あっはい、△◯って聞こえましたが?』『違う! ごめん! ◯◯!』『あっぶねー! ありがとうございます!』となって事なきを得ました」オー

みたいなやつだ。

患者に特に不利益は及んでいない。しかし、「危ないところだった」という経験。こういうのを共有して、さらに、「どうしたらこのトラブルを防ぐことができるだろうか」というのを考える。

病院の手順とかマニュアルの多くは、実際に生じた失敗だとか、あるいは今のように、「失敗までは至っていないのだけれど危なかった経験」をもとにして作られている。言い訳が多くてめんどうくさいなあと感じることはたくさんある。しかし、生の体験を聞くと、ああやはり手順を守るって大事なんだなあと感じることは多い。

もう15年くらい昔の話だ。患者の「胃」のプレパラートを見る際に、うっかり隣にある大腸のプレパラートを掴んでしまい、2秒くらいまじまじと見て、「えっ、これが胃……?」と違和感を覚えて、間違えていたことに気づいた、みたいなことがかつてあった。おびえた。胃と大腸だったから気づけた。しかし、隣にあったプレパラートが胃だったら、取り違えに気づかなかったかもしれない。

その後私は、プレパラートを見る際に、ラベルに書かれている人名と病理番号を確認する手順を、これまで以上に怠らないように気をつけた。そして、この「ぞっとした体験」を、ときおり後輩たちにも語って聞かせている。

「いいですか、これは私の経験ですが、人名だけ確認してもだめですよ。私は一日のうちに、同姓同名の人を3人診断した経験があります。絶対に病理番号やIDも確認してくださいね」

「えっ! 3人ですか! 2人じゃなくて!?」

「はい」

「……うそでしょう! 盛りましたか?」

「……はい」

「だめですよ! うそは!(めちゃくちゃ目を輝かせて楽しそうに怒る)」

「すみません(ぞっ……)」

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