※毎週火曜日、書籍『がんユニバーシティ』で行ったインタビューの、「編集中の原稿」を全文公開します。書籍版ではここから大幅に編集をし、各先生方からの寄稿をはじめとするたくさんの文章をコラム的に散りばめて、一冊の本にまとめます。このブログでは、インタビュアー(市原)が興奮し続けた「生の雰囲気」、編集前の原稿だけが持つ猛烈な(ちょっと読みづらい?笑)エネルギーを味わっていただきたいと思います。
科目名: 学長特別講義
講師: 仲野 徹先生 (大阪大学名誉教授)
テーマ: 曼荼羅の中のがん学
学期: 1年前期
Q & A
Q1. 仲野学長のご専門をお教えください.これまでのお仕事の中で,「がん」に関するものはどれくらいありましたか.
A1. 「がん研究の射程」にあるものをちょいちょい扱ってきました.
いまは隠居してますが,長い間,生命科学の研究者(元・大阪大学大学院 生命機能研究科時空生物学/医学系研究科病理学 教授)をやっていました.がんに直接かかわる研究をしてきたわけではないのですが,「がん研究の射程」の内側にあるテーマのをちょいちょい扱ってきたというところです.
これまでの歩みを簡単に振り返りますと,医学部を卒業して最初の3年間は血液内科を中心とした臨床に従事していました.白血病や造血幹細胞に興味があり,できたら大学で研究をしたいと思ったときに,幸いにも大阪大学医学部の北村幸彦教授から助手のポストがあるからと誘われて基礎研究をはじめました.北村先生は病理学のご出身ですが,基本的には実験病理学の先生で,ご専門は造血幹細胞とかマスト細胞の分化の研究でした.いまとなっては大昔,1980年代の半ばで,まだ血液細胞の分化に関わる増殖因子やサイトカインがクローニングされ始めた頃のことです.がんを直接研究対象にはしていなかったのですが,増殖因子のはたらきのようなテーマは「がん研究の射程」に入ります.ですから,がん学会にも所属していました.
その後,ドイツのEMBL (European Molecular Biology Laboratory,欧州分子生物学研究所)に留学します.ボスのトーマス・グラフ(Thomas Graf)先生は,科学的先見性にあふれた素晴らしい師匠でした.そこでトリのウイルス性白血病の研究――今はもう誰もやらない研究ですけど,当時はまだ,がん研究のテーマとして最後の段階だったというところです――に携わりました.ご存じのように,がん遺伝子はそもそもトリのレトロウイルスであるラウス肉腫ウイルスから発見されていますから,歴史と由緒のある研究です.
縁あって行ったわけですが,トリの白血病の研究なんてするつもりはぜんぜんなかったんですよ.今でもよく覚えているんですけど,学生時代に,豊島久真男先生というすごく偉い先生が遺伝学の講義でトリのウイルス性白血病の話をされたことがありました.その時,「なんでこのおじさんはトリの白血病なんかが楽しくて研究してはるんやろな……」と思ったくらいですから.でも,気づいたら,自分もトリの研究をやってた.なんか因果ですよね.
本庶佑先生にお誘いいただいて帰国し,研究室のテーマもやりながら細々と造血の基礎研究もしていました.最初の2年間は鳴かず飛ばずで,もう研究を辞めようと思ったこともあったのですが,運良くES細胞から血液細胞への試験管内分化誘導の研究がうまくいきScience誌に論文を出せて,1995年には大阪大学の微生物病研究所の教授になりました.血液細胞や生殖細胞の研究を中心に据えたのですが,それと並行して,がん抑制遺伝子のPTENを,T細胞とかB細胞とかでコンディショナル・ノックアウトするような研究もしました.後に秋田大学,九州大学,神戸大学の教授を歴任することになる鈴木聡先生が講師に着任し,研究室にテーマを持ってきてくれたおかげです.なので,ざっくりまとめると,「がんの研究をメインにやったわけではないけれど,その周辺的なところをうろうろしていた」ということになるでしょうか.
「がん特別研究」という科研費の領域があって,特別扱いだと風当たりも強かったのですが,これは当時のがん研究のよかったところやと思います.「がんそのものを扱う人」以外も,がんの周辺領域で恩恵を受けられましたから.臨床応用を目指しすぎる今のがん研究とは少しイメージが違うかもしれません.
Q2. 仲野学長にとって,がんに携わるとはどういうイメージでしょうか.
A2. 今の専門家は非常に「狭い」ところで携わっている.一方で,患者はとても広い関わり方をしますね.
研究者視点で言うと,かつて,がんの分子生物学が爆発的に進歩して視野が広がったときに,がんの研究に「がん研究プロパー」以外の人がたくさん入ってきました.しかし,今は研究が大きく進んで,がんについてだけでも分野の知識が膨大になりました.その上,やらないとダメなことも非常に増えて,専門性が強くなりすぎているのではないでしょうか.その弊害として,「がんに携わる研究者」あるいは「がんに携わる医療者」といった場合,狭くて深い領域で奮闘せざるをえないというイメージがあります.
ところで,患者さんにとってはどうなんでしょうね.
「がんに携わる」のは病院にいる医療従事者の仕事だ,というイメージがあるように思います.また,「がんは戦うべき相手である」とか,「がんの治療がうまくいかなければ失敗=死」みたいな勇ましいイメージもあるかもしれまっせん.
逆に,「がんはずいぶん治るようになった」などともも言われますね.極端に「がんは治る」とか「がんを撲滅できる」と言い切る人までいたりしてね.でも,そういうおかしなプロパガンダをするのは,何か間違えてるとしか言いようがありません.
実際にはもう少し複雑で,「死に到る病ではなくて,治るがんも,共存できるがんも出てきた」というのが正しいでしょう.そんな時代ですから,難しいかもしれないけれど,がんとは何か,どう立ち向かうべきかと考えるのは大事だと思います.緩和ケアの重要性とかも含めて,ということになりますが,そのあたりは医学教育であまり重視されていませんね,残念ながら.
Q3. 仲野学長がこれまでに出会われた,がん医療従事者やがん研究者はどういう方々ですか.その方々はどのようなかたちでがんに携わられていたでしょうか.
A3. 臨床の先生は熱心ですね.研究者は……強いて挙げると…….
臨床の先生は熱心な方が多いという印象です.「がんを専門にする」という時点で,やっぱり覚悟のようなものが必要でしょう.かなりよく治るようになったとは言うものの.基本的には命に関わる病気ですか,昔ほどではないとしても,やはり,お亡くなりになる方もたくさんおられるわけです.でも,昔はもっと偉かったかもしれません,白血病なんか,ほとんど治らなかったわけですからね.そういった状況は,今の若い人には想像しにくいかもしれませんが.
一方で,研究者には別に一定の傾向はないように思います.強いて挙げると,昔の話ですが,がん領域の潤沢な研究費にすり寄ってくる人はけっこういたかな(笑).私ぐらいの世代まの研究者には思い当たるところもあるかと.もちろん私も含めてですけど.
先に言った「がん特別研究」という名前の領域研究があったように,がんは研究予算がちょっと特別枠やったんですよ.巨大な予算が動くプロジェクトで,悪くいくと,ボス支配になってしまいがちなグループ研究.一方で心あるボスもおられて,がんに直接関係しないような若手研究者にもお金を渡したわけです.優秀な人を見つけて,「がんにちょっとは関係あるかもしれないから」という理由をつけて,半分タニマチみたいな感じで,グループに入れてくださる.ずいぶんと助かったこともありましたわ.
結果的に,がんの「辺縁」とか「周囲」の部分を巻き込んで研究をすることになったのですから,悪いことばかりじゃなくて,功罪半ばみたいなところがあった気がします.制度がいろいろと厳しくなって,今ではそういうこともできなくなってますね.行きすぎたらだめだけれど,もうちょっと柔軟性があってほしいところです.
生命科学の研究自体が未成熟でしたから,がんの研究をしてる人も,違う分野の研究を知る機会がたくさんあったし,がんとは違う研究してる人も,無理にこじつけてもがん研究に参入するようなことができた.酵母の研究なんかで,がんの研究に繋がったりするのがたくさんあったわけです.思いおこせば,すごくいい時代に研究をできたと痛感します.
完全になくなったわけではないかもしれないけど,いろんな制度が厳しくなりすぎて,そういう余裕はなくなってますね.がんについての知識が膨大になって,「がん研究」として取り込めそうな部分とそうでない部分が,かなりわかってきてしまったせいかもしれません.排他的とまでは言いませんけど,広く取り込むフェーズは終わったということでしょうか.視野の広さというのは研究者にとって非常に重要ですから,年寄りとしては,つい,これでいいのかと思ってしまいます.これからはAIに先導されるような研究が増えていくでしょうけれど,いったいどうなっていくのでしょう.
Q4. 医療従事者や研究者が修める,「がんの学問」(がん学)を想定します.それはどのような学問体系でしょうか.
A5. がんを中心視点にするとやっぱり視野が狭くなるんじゃないかな.大きな「体系」の中でがんを理解する.いろいろと描かれている曼荼羅みたいな感じでね.
「がん」は病理学の中でも,とりわけよく研究が進んでいる分野です.
大阪大学の微生物病研究所から医学部に移って,2004年から病理学を教えることになり,教科書にRobbinsの『Basic Pathology』を使うことにしました.筆頭著者のVinay Kumar先生におたずねした時,現代の病理学というのは,いわゆる昔の組織病理学とか外科病理学,臨床病理学と呼ばれていたものとは違って,臨床医学と基礎医学をつなげるダイナミックな学際領域,dynamic disciplineであるとおっしゃいました.分子生物学,生化学,細胞生物学,遺伝学,免疫学,血管生物学など,それらを全部含めての学問だという言い方でした.がんについても,こういったものを広く理解した上で学ぶということが重要です.生命科学を浅く広く学んだ上で,そのひとつとしてがんを理解する.
ただね……知識が膨大になりすぎてて,とても全部覚えられない.どうしたらええんでしょうね.がん研究がどのように発展してきたか,歴史的経緯がわかっていれば,何が大事なのかがわかってくるかもしれません.すべてを一気に頭にいれようとせず,重要事項をまず歴史物語みたいにざっくり覚えておいて,そこへ枝葉をつけるようにしていったらええかな.そうでないともう理解できないぐらいがん研究の射程は広がりすぎています.
医学書もね,おおむね難しすぎるんですよね.この本もどうなるかちょっと心配ですけど(笑).みんな,自分の専門を中心に細かいことを書きたがりすぎますからね.そんなことないですか? 偏って,狭すぎる.どうせ,そんなにたくさんのことを覚えられるわけじゃないんだから,そのあたりを配慮しないと.誰が書いたものを読んでもいいんですが,だいたいがちょっと詳しすぎる(笑).絶対に大事なことをきちんと書いてある本がベストでしょうね.
歴史的な経緯から理解していくというのは便利な方法かもしれません.,重要なものは歴史的には早く見つかりやすい.がん研究に分子生物学が導入されて一番初めに見つかったがん遺伝子はsrcです.そして,ヒトのがんで最初に見つかったのはRASなんですよね.それぞれ70年代,80年代のことです.どちらも発がんメカニズムにおいて重要な遺伝子で,かつ,早くに見つかった.宝探しに行ったら,大きい宝から,というところでしょうか.よく不思議やなって言われるんですけどね.なんでそんな大事なものから見つかるのかって.結論は,「大事なもんは大事やから」とか,訳のわからん結論になるんですけど(笑).
がんを中心的な視点にしてしまうと,考え方が狭くなるような気がします.生命科学や医学を「体系」としていろんなことを学んでおいて,その中でがんを理解するほうがいい.がんから勉強して周りを理解しようとしても,小さい穴から世界を覗くみたいな感じになってしまいますからね.逆に,がんを専門にしない人も,「がんと関係あるかもしれない」と,少しでいいから自分事と考えてを勉強することがあらまほしい.曼荼羅みたいな感じで「いっぱいある」中から自分の悟りを開いていく.
ちょっとあまのじゃくかもしれませんけど,「がんってなに?」を頭にいれておきはするけれど,専門に陥りすぎずにいろんなことを見て勉強することを勧めたいですね.がんについての知識や情報は膨大ですけど,自分にとっての「がん学」を身につけていくことが肝要です.
Q5. 「がん学」を修めるにあたって必要な,専門性や職能(スキル)は何でしょうか?
A5. 熱心でありつつ,幅広くありつつ,勘所を押さえつつ,ちゃんと休む.
医療者も研究者もそうですが,まずは熱心にやらなあかんっていうのが一番.何でもそうですけど,情熱を持ってやらないと,一定のレベルには到達できません.
あと,広い視野.これも何をする上でも大事だと思いますね.自分でできることは決して大きくないと,まず自覚する.そして,自分のやりたいことが全体の中のどういう位置にあるのかとか,どういうふうにしてその分野ができてきたのか,他のどのようなことと関連があるのかというのを確実に把握する.
がん領域にかぎらず,進歩が早いから,どんどんどんどん勉強を怠らずにやっていかないとだめですよね.でも,くり返しになりますけど,なんでもかんでも覚えられるわけじゃないんですから,大事なことだけは知っておいた上で,何を勉強して何を勉強しないのかの取捨選択が必要です.これって,意外と難しいことですけれど.
それと,がんの医療をする人は……ぼくの若い頃なんて全然至らん医者やったなと思うときもようありますけど,やっぱり人の心理とか,そういうのも知っておかないとあきません.そのためには専門領域の勉強だけでなく,映画を観るとか,小説を読むとか,そういったこともやっておかないとダメですね
これはドイツ留学時代に学んだことですが,ちゃんと休むというのも絶対に必要です.熱心にしないとだめなんやけども,というよりも,熱心にやるためには,きちんと休むということもすごく大事.でないと燃え尽きてしまいます.長期的に見たら,上手に休んだ方が絶対に多くの仕事を成し遂げられるはずですから,これだけはしっかり覚えておきましょう.
Q6. 「がん学」を修める学生たちが,心に留めておくべき「勘所」はありますでしょうか.
A6. 知らないのはいいけど,間違って覚えるのが最低.
病理学を教えてたときに,試験で穴埋め問題に誤答を書いたら1点ずつ減点するルールにしてました.超不評やったんですけど(笑),これは教育的見地からは正しいという信念を持ってやっていたことです.なぜなら,「間違えて理解する,記憶する」ことだけはやめとかなあかんからです.
「知らない」はあまり困らないんです.あぁ,これは知らんわと思って調べたらすぐにわかりますからね.一方,間違えて思い込んでしまっていて,その知識で判断したり行動したりするのは極めて危険です.
医学では,それまで常識と思われていたことが覆るようなことがありえます.大きな転換があった治療法もたくさんあるでしょう.たとえば,乳がんの手術はどんどん拡大する方向だったのに,縮小手術で十分だとわかったとか.
知識というのは上書きできるんですけど,元あった知識がなくなるわけじゃない.「書き換え」ではなくて,メッキみたいな感じになる.コンピュータのようにきれいに上書きしてくれるわけではないんです.なので,どうしても前の知識が顔を出したりすることがある.
本当に大事なことだけは,もう,絶対に間違えたらあかん.なので,将来的にも絶対変わらないと思えるプリンシプルをまず完璧に覚える.もしかすると細かいことまで勉強して覚えすぎというのもよろしくないかもしれません.なにしろ幹をしっかりさせて,枝葉をつけていくようにすべきです.
自分の中にない知識は調べればすぐ埋められる.けど,誤解して覚えていても,ああ知ってるわと思って調べないでしょう.それがワーストなんですよ.
Q7. 「がん学」を後輩たちに教える指導者が,心に留めておくべき「勘所」はありますでしょうか.
A7. 教えすぎないことですね.
これはもう教えすぎないことでしょうね.興味をもたせて,自分でやるようにしむける.
歴史的経緯の話でいうと,我々の世代くらいはすごく幸運で,次から次へと新しいがん遺伝子やら何やらが発見されるのをリアルタイムで見ることができたので,それを覚えていったらよかった.でも今はわかっていることが多くなりすぎてるので,つい教えすぎる.
あれも悪いんですよ,「キーワード検索」(笑).調べたら,どんどん論文が出てきてしまうでしょ.昔はキーワード検索がなかったから,目につく論文しか読んでませんでした.だから当時は「あ,それ読んでなかったわ」で済みましたけど,今ちょっと言いにくいですよね.
世の中にある知識を全部わかるというのはものすごく難しい.教えるほうも,つい自分の専門としているところを細かく教えてしまう.別に大事なところじゃなくてもね(笑).AIが,この論文を読みましょうと指導してくれる時代になりましたけど,それもどうなんでしょうねぇ.その流れは止められないでしょうけれど.
Q8. この本で語られる「がん学」に期待したいことをご教示ください.
A8. 「がん学にとらわれないがん学」がいいかなという気がします.
「がん学」というものを想定したときに,そこに何を期待するか.ちょっと逆説的ですが,ここまで語ってきたことからもわかるように,がん学にとらわれすぎないがん学がいいかなという気がしますね.中島敦の『名人伝』みたいな感じ,弓矢の名人が弓を見て,それはなんですかという域にまで達した,というイメージ.そこまでいくと極端すぎますが,裏側から見るような感じで,「がん以外の何にでも関係する」というイメージで勉強するのもいいかもしれません.
いずれにしても,「がん学」だからがんの勉強するぞ,というイメージじゃなくて,幅広くいろいろなことを学んでいく中で,これはがんに関係付けられるかな,という姿勢を身につけておく.今は専門分化が進みすぎてますからね.書籍の編集とかされていても,そういうことないですか? 専門以外の他のこと何も知らん奴いっぱいおるでしょ?
(同席した編集者)あっいえ…….
専門以外やったらこんなことも知らんのかという先生,おられません?
(同席した編集者)言いにくくてしょうがないです……(笑)
という考えでこの本の目次を眺めると,すごくいいですね,循環器内科の先生とか,がんに日常的に関係する機会の少ない立場からのお話とか.
それと,細切れの知識を積み上げて全体像を作というのはかなり難しい.なので,まずはわかってもわからなくても,この本をざっと通読する.そして,全体像,あるいは,さっき言ったようなプリンシプルをおおまかにつかんで,何が大切かを考えながら今度は精読する.それがいちばんの方法ではないかと思います.
Dialogue
<がんと死/チョイスできるということ>
――ありがとうございました.あらためて,「がんの射程」,じつに広いですね.
そうですね.研究者や医療者から見てもそうでしょうが,自分自身が患者になって死を考えるときにもそう感じそうです.
講演などでよく勧める本に,みすず書房の本で『死すべき定め』というのがあって,みすず書房に感謝されるぐらい宣伝して売ってるんちゃうかなと思うくらいです(笑).これはもうぜひ読んでほしい.Atul Gawandeというハーバードの外科の教授,ずいぶん若くに教授になった人ですけど,が書いた本です.テーマが二つあって,「末期がん」と「認知症」です.治らない病気に対して,医学は,そして,患者自身が,う対処すべきかという話です.死ぬ前に治療を受けすぎて不幸になる人の話から始まって,医学にとっては死=敗北であると医療者が先入観として持ちすぎなんではないか,というように話は進んでいきます.そして,医学教育では「死ぬ」ということを教えなさすぎではないかと.
――ぜひ読みたい,これはもう絶対に読みます.
ぜひ!アメリカでは100万部くらい売れてるという話で,日本でもみんなが読んだら無駄な治療をうけなくなるだろうし.医療費を減らせるんじゃないかと主張してるくらいです(笑).
それから,岐阜で在宅ホスピスやっておられる小笠原文雄先生という方がおられます.対談させていただいたことがあるのですが,もう,むちゃくちゃおもしろい.死期が近いから家に連れ帰ってはだめっていう入院患者でも,本人が退院したいって言ったら退院させる.そして家に帰ると,ほとんどの人が幸せになると.ホンマかいなと思ってしまいますが,そのような例が『なんとめでたいご臨終』や『最期まで家で笑って生きたいあなたへ:なんとめでたいご臨終2』(どちらも小学館)といったご著書にまとめられています.
ガワンデの本なんかもそうなんですけど,医療におけるいろいろな選択肢を,多くの人たちがご存じないと思うんですよ.たとえば,がんならば,病気になる前からある程度そういうこと-緩和医療とか在宅ホスピス-を知っていたら,ずいぶんと違っていくかもしれません.まずは,厚労省が勧める「人生会議」のような形で考えておけたらいいのですが.
「黄色い本」(編中:『こわいもの知らずの病理学講義』晶文社)を書いたおかげで,がんについての講演とかよくさせてもらうんですけど,皆さんに向かって「がんのことをしっかりと考えておいてください」とお願いしたら,「先生,そんなこと考えたら,縁起悪いです」とか言われます.そういったご質問には,必ず,「たとえ考えても遺伝子に突然変異入りませんから大丈夫!」って太鼓判を押すことにしてますけど(笑).
日本人の二人に一人以上ががんになるのですから,がんはどんな病気なのかとか,どういう治療法があるかとか,そういったことをちゃんと知っておかないとあかんのです.たとえ専門家でも,治療において外科療法か薬剤療法か放射線療法かで意見が分かれるようなこともあるのですから,すべて分かるわけではありません.けれども,最低限の知識は身につけておくべきでしょう.
<がん研究の黎明期/発がん実験>
――患者にとってもですが,研究者や医療者にとっても,今やがんの知識が膨大だということをくり返しおっしゃっていたのが印象に残りました.
そうですね.研究者も今は大変です.がんのすべてを理解しているといえる人は,天才的な人か嘘つきかのどちらか.おそらくは後者でしょう.昔はもわかっていることが少なかったから,シンプルだった.ただし別の難しさはありました.できることが今より少なすぎましたから.
たとえば,血管の生物学はこの20年間くらいに劇的に進みました.偉大なパイオニアであるMoses Judah Volkmanが血管新生というジャンルを切り開いたときの話が大好きです.がん細胞を培養してもあまり大きくならない,せいぜい数ミリくらいの塊しか作らないことはわかっていた.でも,同じ細胞をマウスの皮下とかに移植するとどんどん大きくなる.だから,おそらく血管による栄養や酸素の補給が問題なのだろう,だったら血管新生を調べようと,Volkmanはある日歩いているうちに思い付いたということになっています.ウソかホンマか知りませんけど(笑).そこから何をしたかというと,血管新生を研究する解析系から作り出したのです.
ひとつはウサギの角膜に腫瘍片を埋め込んで,血管が入ってくるかどうかを調べる方法.白目への侵入になりますから見やすくて確認しやすいですよね.もうひとつは有精卵の尿嚢膜(卵の殻の内側に密着して広がっている膜)に増殖因子を打つ.これも白くて血管がないからわかりやすい.そういう系の構築から始めた.そういう時代だったんです.
――ある研究の黎明期のお話をうかがうのはとてもおもしろいです.
がんの研究でいうと,わたしが研究を始めたころというのはまだ化学物質投与による発がん研究が盛んに行われていました.日本は,東京大学医学部の山極勝三郎と市河厚一が世界で初めての化学物質による発がんに成功したという経緯もあってか,化学発がんの研究が盛んでした.がん遺伝子の研究が爆発的に進んだのは1980年代になってからで,分子生物学が本格的に導入される前は本当に発がん研究が山ほど行われました.
しかし,結局のところ,発がん実験であまり多くのことはわかりませんでした.
――どの遺伝子が発がんに関与するか,ということですか?
そうですね,遺伝子レベルの解析まで至った研究がほとんどなかった.がん遺伝子の研究は,先に述べたように,ウイルス発がんによって,ある意味では飛び道具のように明らかにされたのです.化学物質による発がん研究でわかったことは,おそらくイニシエーションとプロモーションのことだけなんですよ.
――その言葉を聞くと,学部時代の記憶が一気にフラッシュバックします.
でしょ? イニシエーションとプロモーションという言葉自体も,最近はあまり聞かなくなりました.でも.発がんのメカニズムに関しては,歴史的な経緯もありますが,やっぱりそこがキモになるんですよ.
はじめにイニシエーションとして突然変異が入って,その後,プロモーションとしての増殖刺激が入る.でも,膨大な量の発がん実験が行われて,わかったのはそれだけかよ,という話でもあるのですが(笑).
吉田富三という名前を聞いたことはありますか? やはり化学発がんの研究をされていたのですが,ラットの腹水に肉腫ができて,それを別のラットに移植することで肉腫を継代する可移植系を開発された.戦中戦後の食糧不足の時にも,その肉腫を絶やさなかった苦労が伝記にも記されていて,頭が下がります.それが「吉田肉腫」です.戦後すぐにがん学会が始まったときの演題の半分は吉田肉腫だったそうです.1940~1950年代の日本のがん研究はそんなもんやったと思うと,感動を禁じ得ません.もちろん,その系譜を遡ると,山極・市川にたどり着くのです.
――ウサギの耳にコールタールを塗るあれですね.
はい.というわけで日本のがん基礎研究の黎明といえば,化学発がんと吉田肉腫でしょう.
<分子生物学の台頭と病理学>
その次の世代が……それでもわたしなんかよりずいぶん上ですけど,医学部時代に習った豊島久真男先生.それから花房秀三郎先生と角永武夫先生ということになるでしょうか.この3人は,大阪大学微生物病研究所の釜洞醇太郎先生の門下です.釜洞先生ご自身の研究ではないのですが,同門から俊英を輩出されたのはすごいことです.このあたりからがん研究は分子生物学の時代に突入していきました.
――ラウス肉腫ウイルス,そしてsrcですね.がん遺伝子がわかりはじめて,その次はシグナル伝達,という理解でよいでしょうか.
シグナル,そして,細胞周期ですね.細胞周期の研究が分子レベルで本格的に始まったのも1980年代です.Cyclinが発見されたというのは本当に大きなニュースでした.先駆的な研究をおこなったLeland H. Hartwell(リーランド・ハートウェル),Tim Hunt(ティム・ハント),Paul Nurse(ポール・ナース)の三人がノーベル賞を受賞したのは当然ですね.
がん遺伝子の発見にも当然ノーベル賞が授与されていて,J. Michael Bishop(J・マイケル・ビショップ),Harold E. Varmus(ハロルド・ヴァーマス)の二人が栄冠に輝きました.花房先生も非常に重要な発見をされているので,同時受賞でも不思議ではなかったような気がします.しょうもない話ですが,ハワイで開かれた小さな学会にビショップ先生も来られてて,初日,一生懸命に参加証を探しておられるところに遭遇しました.「あなたの顔はみんなが知ってるから,ネームプレート不要でしょう」と言ったら,えらくうけました.いい想い出です.
――歴史を辿っていくとおもしろいです.
振り返ってみると,がん遺伝子の研究を開いたのは結局,多くが分子生物学者でした.実際,花房先生と角永先生はPhDで,花房先生は理学,角永先生は薬学.豊島先生は私の先輩で大阪大学医学部ご出身ですが,元はウイルス学者で,がんの研究を始められる前は確かポリオか何かの研究をしておられたはずです.
――なるほど,どなたも病理医ではないんですね.
お三方の師匠である釜洞先生は病理学だったのですけどね.病理医はひたすら顕微鏡を覗いていたのではないかという印象です.ですから病理学の「発がんのメカニズム」における貢献というのは,小さいかもしれません(笑).それは別に悪いことでもなんでもなくて,時代的にしかたないと思います.
そんな中で,京都大学医学部病理学の教授だった藤浪鑑が発見した藤浪肉腫は特筆すべきでしょう.ニワトリニクスの移植系の確立で,ウイルスによる発がんでした.後に,ウイルス発がんの発見でロックフェラー研究所のペイトン・ラウス--ラウス肉腫のラウス,この人も病理学者です-がノーベル賞を受賞していますから,藤浪も受賞していて当然でした.ラウスの受賞は発見から55年後と,ノーベル賞史上,発見から最も年数のたった受賞でした.なので,藤浪はラウスの受賞よりもずっと前に逝去しており,受賞はかないませんでした.
――生命科学の多くが,細胞生物学とか分子生物学といったものによって開かれていった時代ということでしょうか.
そうですね.この頃の分子生物学は,がんの研究者,とくに形態を中心にした病理学者にしてみたら,飛び道具みたいなイメージだったかもしれません.でも,名古屋の高橋雅英先生のように,RETという重要ながん遺伝子を見つけた病理学者もおられます.がん研究に関する病理学者の寄与もありますが,メインストリームを作るまでには到らなかったのではないかといったところです.
化学発がんの実験も役には立ったことは忘れてはなりません.膨大な研究から出てきたイニシエーションとプロモーションの考え方は非常に大事です.くり返しになりますが,歴史的経緯の重要性から,学生講義では,化学発がんとレトロウイルスの話は必ずしてました.もちろん,山極・市川の話も.伝記を読むと,お二人とも相当な変人だったようで,びっくりします.
東大医学部には,山極勝三郎のレリーフがあります.「癌出来つ意気昂然昂然と二歩三歩」という俳句のレリーフ.季語がないから川柳かなぁ.いずれにせよ,化学発がんに成功した大興奮が伝わってきます.
<がんゲノムの時代のおどろき>
もうひとつ歴史的経緯でいうと,非常におもしろく感じたのは,がんの分子生物学的な研究の次のステップとして始まった「がんゲノム」の研究です.ゲノム解析のように「網羅的に調べる」ということそのものは,古典的生命科学者からいくと,あんまおもしろくはないですけどね(笑).
従来は,山極・市川のようにタールを塗ればがんができるかな,とか,レトロウイルスの研究でがんの本質がわかるのではないか,とやってきたわけですけれども,ゲノムの研究にはそういう目利きとかひらめきがあまり必要でない.お金をかけて熱心にやったら何かが見つかる.古典的な「仮説駆動型研究」と,現在主流になっている「データ駆動型研究」というやつの典型ですね.もちろん,後者ではアルゴリズムとかそういったものの開発は必要ですけれど.
医学の発展の歴史の観点からおもしろいと思うのは,がん遺伝子のはたらきがわかってからゲノム解析の技術が生まれる必然性はなかったわけです.まったくインディペンデントに進歩してもよかった.並行であっても,逆の順序でもよかったわけです.でも実際には,がん遺伝子のはたらきがわかったあとでゲノム解析がはじまった.
網羅的な研究をしてみると,それまで言われていたことがほとんど正しくて,それほど多くの新規大発見がなかった.これがおもしろい.src. ras. ret. c-kitなどなど,仮説を形成して,ひとつずつ各論的に進めてきた研究ですよね.いざ網羅的に解析してみると,やっぱりそれらがすごく大事であるということが確認できた.なんか,宝の山をごそっと掘り返さなくても,ここ掘れワンワン方式でおおよそ取り尽くされていたという感じです.
ほかにも.1950年代にはすでに,疫学データから固形がんの発症には5つか6つの遺伝子変異が必要であろうという理論の論文書いている人がいたりします.
――そんなに昔ですか.まだがん遺伝子の理論がしっかり定まっていないころですね.
がん遺伝子という概念が出る前です.数理解析だけで,確たるエビデンスがあったわけではなかったのに,です.後年,がん遺伝子の解析で,およそ正しいということがわかり,最終的にはゲノム解析で確定されたわけです.
もうひとつ,ゲノム解析によって新しいドライバー遺伝子がそれほど見つからなかったというのもすごいです.ここほれワンワンで宝石が取り尽くされていたのですから.
――確かに…….
おそろしいことに.
――新しいものではなく.わりともう見つかっていた.
すごいことやと思います.ゲノムの研究もすごいんですけど,かつての研究のレベルもすごかった.見方を変えると,がん関連遺伝子ハンティングは,がんゲノム解析の時代には,すでにほぼ飽和していたということにもなります.
<いまだに転移はわからない>
あと,ゲノムはすごいんですけど,未だに「転移」だけわからないですよね.
――先生からご覧になると,わかっていないのはやはり「転移」の部分ですか.
なんとなく,ゲノム解析が進めば転移の仕組みもわかってくるのではないか,と期待しすぎていた面はあると思います.しかし実際には,転移に共通する原理のようなものはほとんど見えてきませんでした.そういう意味で,がん研究において「原理レベルでまだ本質がわかっていない現象」は,実は転移くらいなのではないでしょうか.
転移というのはおそらく,ものすごく複雑なんです.たとえば腫瘍がリンパ管の近くにいくかどうかみたいな,by chanceのことが多くて,がん細胞の遺伝子変異だけでは決まらない.他にも多くのパラメーターが関与するので,個別的にならざるをえないのでしょう.
ここでも,学問っておもしろいと思うんですよ.たとえば細胞分化を考えると,かつては「遺伝子転写の制御さえ理解できれば,分化の仕組みはすべて説明できるはずだ」と思われていた.ところが,転写因子やシグナル経路がかなり分かってきても,それだけでは分化の全貌はつかめなかった.そこでエピジェネティクスによる解釈が導入され,ヒストン修飾やクロマチン構造といった新しい層が浮かび上がってきた.
しかし,エピジェネティクスを含めても,細胞の振る舞いは“完全な決定論”には還元できません.むしろ,ある確率で状態が揺らぎ,統計的にしか説明できない現象があるはずだということになってきました.結局,生物は遺伝子がたくらむような機械仕掛けだけでは動いておらず,決定論と確率論が入り混じったシステムとして理解すべきなのだと思います.
がんに関しても,ゲノムがわかったら全部わかるんちゃうかって言うてる人もいました.そんあもんわかるわけないやろと冷ややかに眺めてましたけど(笑).そんな意地悪なわたしですら,転移はがんゲノムの解析でわかるかと期待していました.転移したがんとしていないがんを比べて,遺伝子発現や変異の違いがあるだろうと.おそらく多くの人も,そう信じていたのではないでしょうか.でも,そうはならなかった.
転移については,がんの細胞だけ調べてもわからない.微小環境とか,その周囲の間質とか.腫瘍性のfibroblastとか,さらには周辺の血管もリンパ管も大事でしょうね.研究というのは基本的に還元主義的ですから,細かくするのは得意です.逆に,こういった多彩な要因を統合するのは苦手です.おそらく,がんの転移についてはどこまでいっても,細胞分化と同じく決定論と確率論の混ぜ合わせに落ちつかざるをえなのではないかと予想しています.
――”by chance”という言葉は,ざわつきますね.
ひとことで言えば,がんは運ですからね.いろんな意味で-ドライバー遺伝子の蓄積から,どんな医師にかかるかまで-がんは運やと思います.一般向けの講演するときにも,「がんは運である」というのを時々タイトルで使います.ただ,それはやめてくれと言う人もいます.がんの患者さんで傷つく人がいるからと.話を聞いてもらったらわかるはずなんですけど,たしかにタイトルだけでは誤解を招くかもしれません.「がんは運である」というタイトルで講演したのがラジオ放送されたことがあるのですが,番組ではタイトルが差し替えられてましたわ(笑).
――そこはナイーブだったんですかね.
大人の事情でしょうね.ただ,患者さんにとっても,がんは運であると思った方が楽じゃないかなとは真剣に思ってます.転移には確率的な側面もあると言いましたが,それも言い換えたら,運だということですから.
病理医として診断されるときに,「このがん,転移してもよさそうだけどぜんぜん転移してへんな」っていう患者さんってけっこうおられませんか?
――すごくいますね…・・.
それはもう,運でしかないですよね.
<君たちはどう学ぶか>
――私が大学で病理学とか腫瘍学を習ったのは2000年頃です.今まさに,仲野先生がおっしゃったような歴史の「続き」を習いました.今はまた違うのでしょうが.
今は,本当に気の毒な時代になったと思います.学生さんにとっては勉強せなあかんことが多すぎてね.とはいえ,立場上,現役時代は,勉強せえ勉強せえって厳しく指導してました.学生さんたちは厳しすぎると蛇蝎のごとく嫌われてましたけど(笑).
でもね,病理学の試験の穴埋め問題では基礎的なことしか問わなかったんですよ.ところが,学生は大事なところから細かいところまで同じように覚えようとするんです.大事なとこだけを覚えてくれ,講義で何度も出てくる言葉しかテストには出さないと言い続けてたんですけど,最後まで心は通じませんでした.
病理学では,細胞生物学的なところから,炎症,遺伝性疾患,がん,などなど多彩なことを扱います.ただ,大事な現象とか大事な分子というのは,いろいろなところで何回も繰り返し出てくるんですよ.たとえば,p53なんかは,癌抑制遺伝子として出てくるし,細胞周期のところでも出てくるし,遺伝子修復のところでも出てくる.TGF-βもね,消化管がんでも出てくるし,血管新生でも出てくるし,Marfan症候群の関連遺伝子としても出てくる.
体の中で,大事なものは何回も使い回されてる……まあ,逆に考えると,使い回されてるから大事なのかもしれませんが.
だから,ちゃんと講義を聴いて,何回も出てくる単語だけ覚えておいたらいいねんで,って言うてたんですど,それがなかなか伝わらないんですよ.親の心,子知らず,ならぬ,教授の心,学生知らず(笑).
――「がん学」を今勉強するのは大変ですね.
これね,「がん学」って言うた時点であかんような気もしますよね.
――あっ,そうですか.命名から間違えてしまったか.
がんの教科書もある意味そうですけど,「がんに特化した学問」という学び方をするのが正しいのかどうか.がんに関連しては,いろいろな学問分野がありますよね.たとえば生化学や分子生物学といった確固たる物質基盤のある分野.そういうものの対極にホスピスとか,緩和ケアとか,人の心理とか,数値化することすら難しい分野.
「がん学」にはすべてを含まれてしまうはずなのですが,「がん学」って名付けてしまうと,特定のイメージに固定化されすぎるんじゃないかという気がします
――確かに,ホスピスを「がん学」として語るのも変な話です.
でも,「がん学」となると,やっぱり緩和治療も学ばないとだめだと思うんです.
――ああ,書名が変わる可能性が出てきます(笑).
「がん学」は固定されすぎる危惧があるけど,,「がんユニバーシティー」はいいですよね.ユニバーシティーっていうのはそういうものですから.いろんなものを包含してこそのユニバーシティー.「大学」というと,ちょっとイメージが違いますけどね.特に日本の大学の悲惨な現状を考えると.

