※毎週火曜日、書籍『がんユニバーシティ』で行ったインタビューの、「編集中の原稿」を全文公開します。書籍版ではここから大幅に編集をし、各先生方からの寄稿をはじめとするたくさんの文章をコラム的に散りばめて、一冊の本にまとめます。このブログでは、インタビュアー(市原)が興奮し続けた「生の雰囲気」、編集前の原稿だけが持つ猛烈な(ちょっと読みづらい?笑)エネルギーを味わっていただきたいと思います。
科目名: がん患者の声
講師: 若尾文彦先生(国立がん研究センター がん対策情報センター本部)
テーマ: がん情報 ~国民向けデータサービスの構築~
学期: 3年後期
Q & A
Q1. 若尾先生のご専門をお教えください.
A1. 「がん情報サービス」を作ってきました.
もともと,放射線診断医として,腹部実質臓器の画像診断や,IVRに携わってきましたが,ある時点から臨床を離れ,「がん情報サービス」の運用・周知や,がん拠点病院の連絡会の運営などに携わるようになりました.さらに,2年前からは立場が変わって,がんセンター全体(研究所,病院など)の情報提供や広報活動を調整する役割になっています.所属は,がん対策情報センター本部です.
「がん情報サービス」は大部分が一般の方向け情報です.医療従事者向けもありますが,わずか1~2割程度です.
一般の方のニーズはどうなっているか,本当に今の情報で足りているのか,そのあたりをモニタリングしながら調整しました.人々がどんな情報を具体的に欲しがっているのかは多様で,ひとことでは言えないところもありますが,がんと診断されて「何をしていいかわからない」という状態で検索をして「がん情報サービス」にたどり着かれる方が比較的多いと思います.また,すでにがんの治療を受けていて,「今の治療法でいいのか」「どの病院で治療を受ければいいのか」「再発と言われてしまった,どうしよう」「療養のための支援にはどういうものがあるか」などを探してこられる方もいます.
平成28年度の内閣府の世論調査によると,今,2人に1人ががんに罹るということを知っている方は3割程度で,5年生存率が50%を超えているとご存知の方は3割を切っています.たばこが予防可能ながんの最大の原因だということは6割くらいの方がご存知なのに比べるとかなり低いと思います.
つまり,一般の方にとっては,がんとはいまだに「まれな病気」であり,「不治の病」というイメージが根強く残っています.そんな中で告知されてびっくりして,慌てていろんな検索をしたり,どうしていいかわからなくなってしまう.そういう方に確かな情報を届けるというのはひとつの大事な役割だと思っています.
Q2. これまで,がん情報に携わられてきた中で,印象的なエピソードなどはありますか.
A2. 本当にもやもやは晴れるんだな,と.
イベントで講演をしたあとに,患者さんの個別相談を受けたりすることがあります.これは,がん患者さんの困り事などについての情報収集も兼ねています.
相談にお答えしたあとに,患者さんがすごくにこにことされて,「心が軽くなりました」って言ってくださったことがありました.そういうことがある,ということは聞いていましたが,患者さんは本当にそういうことを言うんだな,というのが,とても印象に残っています.
やっぱり,相談したいけれど相談できないんでしょうね.皆さん,もやもやしている.そんな中で,「相談できますよ」って言われても,何を相談していいかもわからない.でも,何かのきっかけに話をすることで,こうなんですね,こういうことなんじゃないですかと,問題の整理をしていくうちに,もやもやが晴れるということはあるのかなと思いました.
Q3. 若尾先生がこれまでに出会われた医療従事者の中で,思い出に残っている話などがあればお教えください.
A3. 「癒やしのデータベース」にはびっくりしました.
国立がんセンターレジデント時代から放射線診断部の森山紀之先生には,読影や検査手技だけでなく,様々なものの考え方まで,幅広い多くのことをご指導いただきました.理路整然と画像を読むんですけれど,楽しみながらなさっている,そういう姿勢がすごく印象に残っています.そんな森山先生に,がん画像レファレンスデータベース(医療従事者向けの情報データベース)をG7の国々で,共同して構築するというプロジェクトのリーダーをお願いしたんですが,「レファレンスデータベースのことはわからないから」と言われて,私に任せてくださったり,国際会議で言うべきことを発言したり,それらの対応を横で見ていて,懐の広さを実感するとともに,多くのことを学びました.
さらに,同じく放射線診断部の牛尾恭輔先生にも,大変お世話になりました.ただ,牛尾先生は,天才的なひらめきをお持ちで,そこは,まねることはできないのですが,画像や診断そして,患者さんに対する思いなど,多くのことを学ばせていただきました.
牛尾先生には,森山先生が異動されたあと,レファレンスデータベースのプロジェクトリーダーをお願いし,多くのことで助けていただき,大変ありがたかったです.
牛尾先生は,後にレファレンスデータベースにヒントを得て,患者さんに対する「癒やしのデータベース」というのを作られました.それは,ご自身のご趣味で撮られた自然の風景などをデータベースとしてまとめて,患者さんに対して“癒し”を提供するために,ベッドサイド端末で流されたり,web公開したり,さらには,NPOを設立して写真集の出版もされました.画像つながりとは言え,医療画像とはぜんぜん違うことを生み出し,展開されるアイデアとパワーには,驚きました.
Q4. がん診療に従事するにあたって求められる,専門性や職能(スキル)は何でしょうか?
A4. 「正したい反射」を抑える.
やはりコミュニケーションが大切と考えます.患者さんが悩みを持たれていた場合,なかなか言いたいことを言えずにいる方もいれば,文句ばっかり言う方もいる.そこで本音,本当の気持ちを引き出して次のアクションにつなげるための,コミュニケーション,説明力,そして,話を聞く力も大切だと考えます.特に,がんにおいては.
患者さんの偏った考えに対処しようと思うとき,まずは,偏った考えをしっかり聞くところから始めることが重要と考えます.たとえば,科学的根拠に基づかない自由診療をやっている人に,「そんなのだめだよ」って言ってしまったら,話を聞いてもらえなくなってしまいますから,「どうしてそれをやりたいと思うんですか?」と.「でもそれって,お金がかかって大変ですよね」みたいに.禁煙外来の,動機づけ面接のようなアプローチが有用と考えます.
医療者は,つい,「絶対それは違う」っていいたくなるんですけれど,そこを言っちゃいけないですよね.相談者が何かを語ってくれるときに,面接者として,「正したい反射」を抑える.そして,行動変容における両価性である,「変わりたくない,一方で,変わりたい」という気持ちをしっかりと引き出すことが大切と考えます.偉そうに言っても人の受け売りなんですけれどね(笑).
Q5. 「がん学」を修める学生たちが,心に留めておくべき「勘所」はありますでしょうか.
A5. 医療の外側が大事.
医療の外側が大事,というところでしょうか.コミュニケーション,社会的な背景,そしてサバイバーシップ支援.がんと診断されてから亡くなるまで,すべてを概観したうえで,適切なサポートに繋げること.医療が足りていない,届かないところも含めて,様々なリソースを活用して,支えていくことが必要と考えます.臨床医学より広い社会医学的な知識と考え方が求められると思います.社会活動を含めて広い視野を持ってほしいです.がん医療は身体の話だけではない.生活の話,社会の話など,いろいろ含めて治療方針を考え,情報提供をしないといけないですよね.
Dialogue
<カルチャーショックを受けました>
―――若尾先生のご来歴について,もう少し細かくお話をうかがってもよろしいでしょうか.
はい.長い話になりますが(笑).
もともと,学3(医学部5年生)の夏休みに,国立がんセンターに実習に来たんです.放射線診断部部長で「胃の隆起性病変の山田の分類」の山田達哉先生が,大学で講義をされて,「よかったら夏休み,勉強に来いよ」と言ってくださいましたので,仲間と一緒に行くことになりました.
ひたすら,ティーチングファイル(※放射線科において典型的な画像やめずらしい画像を集積し,読影のポイントなどをまとめた症例集のこと)を読むのですが,診断名が書かれた袋にフィルムが入っているだけで解説は殆ど無く,何もわからない状況で,読影している先生をつかまえて,「これってどう読むんですか?」とたずねることを繰り返しました.しかし,その解説が大変緻密で,こんな風に読めるのか,ここまでわかるのかとカルチャーショックを受けました.さらに,カンファレンスでも大きな衝撃を受けました.大学で体験していた放射線科カンファレンスと異なり,診断部に加えて,内視鏡医,外科医が参加し,さらに病理医も出てくる.術前症例では,病変の範囲や深達度について,熱い議論を交わし,術後症例では,手術所見,マクロ標本で答え合わせをし,さらに,難しい症例では,ミクロの提示までされていました.こんなことしているから診断力が身につくのかと一人で納得するとともに,放射線診断というものに,強い関心を持つようになりました.
その後,大学で臨床研修を2年間ローテートした際に放射線科も回りまして,ローテーションが終わるころに,たまたま大学の総務の入り口に貼ってあった「国立がんセンターレジデント募集」というポスターを見つけ,「じゃあ,ダメ元で受けてみよう」とがんセンターのレジデントに応募しました.運よく採用されて,そこから3年間,レジ小屋と呼ばれる小部屋で文字通り,住み込み医者として過ごしました.最初の1年目はローテーションで,麻酔科,内視鏡部,病理などをまわり,病理では広田映五先生や板橋正幸先生,さらに後になって下田忠和先生などもいらっしゃいましたね.そこで,マクロ・ミクロの読み方について,鍛えられるという,充実した日々を過ごしました.
レジデントの3年が終わったら大学に戻って,地元のために還元しようと思っていましたが,所属していた講座にいろいろ動きがありまして.お世話になった先生がいらっしゃらなくなったので,じゃあ,帰らなくてもいいかな,と.
―――ご事情にて.
ええ,戻れないわけではなかったのですが,恩人もいないしということで,がんセンターでチーフレジデントを経て放射線診断部に入り,CTやMRIを中心に画像診断に取り組みました.
<「スパコンのプロジェクトに入れ」>
その後,平成5年のことです.日本とアメリカの貿易不均衡を解消する目的で,「スーパー301条を復活させる行政命令」というのが当時のアメリカ大統領から出されまして,日本でスーパーコンピュータを買うという話になり,それをがんセンターに入れるということになりました.そのプロジェクトを担当することになったんです.もともと,放射線診断部でPACS(医療画像の管理システム)やCT画像の3D再構成などをちょっとやっていたので,コンピュータによる画像処理ということで白羽の矢を立てられました.
―――平成5年(1993年)のPACSですか.Philips社がDICOMを作り始めていたころでしょうか.
いえ,まだ,DICOMの前身のACR-NEMA規格でした.当時は各機器ベンダー,各モダリティの独自規格があり,マルチベンダー・マルチモダリティの画像DBがレアな時代でした.
そこで,PACS,3D画像診断システム,HDTV (ハイビジョン画質)のテレラジオロジー(遠隔放射線診断)/テレパソロジー(遠隔病理診断)などの構築にかかわり,その過程で調達仕様書の作成や総合評価落札方式なども体験しました.
このスパコンのプロジェクトの中に,「学術情報システム」というのがありました.私はその頃はまだ直接担当はしていなかったのですが,当時はまだインターネットがはしりの時代で,電話をかけてプッシュホンで番号を入れて,FAXでデータを返すという仕組みで(笑).そんなシステムを作ったりしていました.
その後,スパコンで画像データベースを作った経験を基に,病院情報システムのPACSや放射線オーダリングシステムの構築に携わったりしていました.
―――膨大な情報を集約していく過程で,放射線科が「軸」になっていたんですね.
先生は病理ですよね.病理と放射線っていうのは,内科や外科と異なる特殊な立ち位置で,臓器横断的に広く浅く診ることが求めされているように思っています.放射線科の場合は画像が中心ですけれど,それだけじゃなく,臨床情報なども含めて判断しますよね.
そこで,オーダリングシステムを作ったとき,単に検査オーダーだけを伝えるのではなく,適切な検査・読影のために疾患名,検査目的を必須項目として,部門システムに伝えるシステムを構築したりしていました.
―――画像だけじゃなく,メタデータも込みで診断をさせてくれ,という.
その通りです.
―――画像診断が技術の進歩により大きなデータを扱うようになって,がんの情報を集約し,データベースやレファレンスを作る動きにつながっていったということですね.
<がん対策情報センターの設立>
2006年に,がん対策基本法が成立し,2007年に施行され,がん対策推進基本計画が閣議決定されました.
基本法とは直接の関係はないんですが,同じ2006年に,がんセンターに「がん対策情報センター」が開設されました.
―――いかにも連動しているかのように思えますが,たまたま同じ時期だったのですか.
そうです.前年に厚労省が,「がん対策推進アクションプラン2005」を策定して,がんセンターにがん対策情報センターを開設し,がん対策を進める計画だったのですが,国会で「これは国として取り組むべき」ということになり,議員立法により,基本法が成立しました.厚労省の取り組みが,政府全体の取り組みとして発展し,飲み込まれた形となりました.
アクションプラン2005は,「いま受けている自分の医療が正しいかわからない」,「ドラッグ・ラグが困る」などの,患者さんの声から始まったもので,相談支援センターとがん対策情報センターによる患者さんに対する「情報提供ネットワーク」を構築するというものでした.
当時,「拠点病院」の機能などを検討する「がん医療水準均てん化の推進に関する検討会」で,傍聴していた患者さんから「情報がなくて困っている」という発言があり,きっかけとなりました.医療系の検討会や会などに「患者委員」などはいなかったころの話です(注:はじめて患者委員を設けたのが,がん対策推進協議会).
―――なるほど.若尾先生がそれまでやられていた,「医療者向けの情報をまとめる」という路線とは別に,患者向けの情報提供がアンメットニーズとして浮上したんですね.
はい.結果として,診療に用いる画像系の情報提供から,一般市民向けの情報提供に,大きく移行していくことになりました.
がん対策情報センターができたとき,私は,スパコンプロジェクトにかかわっていたこと,電子カルテの画像システム,レファレンスデータベースなどを担当していたこともあり,がん対策情報センター長補佐を拝命しまし.ただ,放射線診断医をやりながらの併任でした.
2010年に国立がん研究センターの理事長になれた嘉山孝正先生が中をいろいろと改革されて,最後辞められるときに,「お前は俺がいなくなるとどうなるかわかんないから」と言われて,併任が解かれ,がん対策情報センター長にしていただきました.
<非常にいい情報を持っているなあ>
―――私の記憶ですと,医療者向けのレファレンスデータベースあたりは,2007年ころには形が見え始めていたように思うのですが,患者向けの情報提供の部分はまた別ですよね.
当時,そのような患者向けの情報は「学術情報」と呼んでいました.これは,内科の新海哲先生が担当されていたのですが,四国がんセンターに異動となり,その業務を引き継ぐ語り力,だんだんそちらがメインにシフトしていきました.
―――患者や市民向けの情報となると,医療従事者が使っている情報そのままでは使い物にならないと思うのですが,どこからどのように手を付けられたのでしょうか.
大変でしたね.まず,既存の情報をいろいろ探しまわる.たとえば小児がんの情報だったら,「がんの子どもを守る会」が非常にいい情報を持っているなあ,とか.
―――ああ,公的機関だけではなく,そういう民間の会もですか.
もちろんです.患者さんの声をいろいろおうかがいして,「何が役に立つ,何は使えない」,という話から模索していきました.
―――それは,がんセンターの中でお勤めになっていると,なかなか収集しづらい情報にも思えますが…….
そうですね.今までにない新しい部署だったので,必要なことは何でもやろうという雰囲気がありました.
患者さんといっても,最初はアドボケートをやられているような方からですね.たとえば国のがん対策推進協議会の患者委員になった方々に,直接お話を伺ったりしました.
さらに,これから「がん情報サービス」で情報発信をしていきますということ自体を知っていただくために,東京にいるだけじゃだめだから,全国キャラバンも行いました.
―――キャラバンですか?
そんなに大したことではないんですが,「がん情報サービス向上のための地域懇談会」と名付けて,府県と患者会のご協力をいただいて,15か所程度回りました.「このたび,がん情報サービスというものをつくりました.是非,ご覧いただき,皆さんのご意見をお聞かせください」と.
―――どんなご意見が寄せられたのでしょうか.
おもしろいことに,その土地ごとに雰囲気がぜんぜん違っていたんですね.
―――それは……情報が首都圏向けだったとか,そういうことでしょうか.
いえ,医療に対する思いそのものが違いました.たとえば東北のある場所に行くと,「先生がたにはいつもお世話になっております」みたいな感じで,「こういう情報サービスができると本当にいいですね」っていう患者さんが多かったのですが,四国のある場所に行くと,「医療者は敵だ」みたいな雰囲気で,「自分は病院にこんなにひどい目に遭わされてきたんだ,なんとかしてくれ」みたいな.そのときは病院のロビーに集まってやったんですが,土地によって,大きく反応が違う.
併せて,医療者のほうも大きく異なっていました.患者と一緒にいろいろつくりましょう,っていう雰囲気のところもあれば,患者の言うことをあんまり聞いちゃいけない,みたいなところもあったりして,そういうことを肌で感じましたね.
―――それまでの若尾先生の臨床経験ともまた違った,患者さんとのやりとりだったのではないでしょうか.
そうですね.ただ,臨床研修を終えて放射線診断部に入ってからは基本的に診断医で,患者さんと外来で接する機会がなかったので,もっと患者さんと話したいなという気持ちは持っていたように思います.
―――なるほど.
臨床の先生方が外来で経験されているようなやりとりとはちょっと違うんですよね.「短い時間で,この大事な話を伝えて,納得してもらわないといけない」という経験ではなく,もう少し患者さんとフラットな関係で話すような感じです.
<こんなのダメですよ>
―――これまでのお仕事で,若尾先生が一番時間をかけてこられた「コア」の部分はどこでしょうか.
がん情報サービスをいかにわかりやすく,皆さんの最適解になるような形で作っていくか.そして,それをいかに広げていくかというところですね.
―――フィードバックを頻繁に受け取りながら.
そうですね.情報を出す際にも,いろいろと患者さんのご協力をいただいて作っています.外部の医療者からたくさんのご協力をいただいて,良いものを作ろうと,最大限の努力をしていても,公開してみると,やっぱり視点が足らなかったいう部分がいっぱいあります.当事者の方,実際に情報を使われている方のご意見をうかがわないとダメです.
当初,『患者必携 がんになったら手にとるガイド』(学研)という本を出す際に,出版社と打ち合わせをして,たたきの台割とサンプル原稿を作って,100人の患者さん,ご家族などで構成される「患者・市民パネル」との意見交換会をやるようなこともしました.そうしたら「これではダメですよ」「これ,教科書じゃないですか」「こんな情報,欲しくありません」「私たち,こんな順番で読みませんよ」などと強烈なダメ出しをされました.
―――こんな順番,ですか.
当初案は,教科書的な順番,構成になっていたんですね.
―――前提としてこのような知識が必要で,基礎がこうで,応用するとこうで,みたいな感じで書いちゃう,みたいなことですね.
そうです.まず,総論があって,各論みたいな感じですね.
それに対して,「まずは診断されたときにどうしたらいいか,とか,そっちから入らなければいけない」と.ひとり,ふたり,ではなく,たくさんの方に言われました.今までのアプローチが全く異なっていたなと思い,それで,もう一度,全部作り直しました.
その時は,正直,衝撃でしたが,今,思い返すとよく言っていただいたとありがたく思っています.当時のメンバーの方々には,その後も,様々な点で協働していただいています.
<病院にはそんな暇ないよ>
―――当時は,患者さんにお渡しするガイドとかパンフレットといったものが,そもそも存在しなかったのでしょうか.
なかったですね.そこで,がん対策推進基本計画(第1期)に,「がんに関する情報を掲載したパンフレットの種類を増加させる.パンフレットを配布する医療機関の数を増加させる.パンフレットやがんの種類による特性等を踏まえた患者必携等に含まれる情報をすべてのがん患者,家族が入手できるようにする」ということが,分野別目標として記載されました.その対応は,国立がんセンターでということになりましたが,「病院にはそんな暇ないよ」とに逃げられ,その結果,情報センターで対応することとなりました.
―――「病院にはそんな暇ないよ」ですか(笑).いや,笑っちゃいけないんでしょうが.
「医者は目の前の患者さんや,自施設のために働け」,みたいな話です.それには我々も,反発を感じ,「目先のことではなく,日本のがん医療全体のために働くんだ」という気概を持ってのぞみました(笑).
―――ちなみに予算はあったのでしょうか.
あまりなかったですし,どんどん減っていきました.「がんの冊子」も,最初は国の予算で作り配っていたのですが,だんだん予算が減ってきて,今は各病院に買ってもらっています.1冊35円くらいとなっています.
―――これは,たいていの病院に置いてあるんでしょうか.
はい,各拠点病院のがん相談支援センターに置いてもらっています.当時は,部数が少なくなると,貰えないのなら自分たちで印刷するから版下を提供して欲しいと連絡が来るようになりました.しかし,各病院で小さなロットで印刷すると高コストになるので,年に4回,全国から注文を受けてまとめて印刷するような仕組みを作りました.
―――そういう仕組みも若尾先生が作られたんですね.
はい.私だけということではなく,情報センターのメンバーで試行錯誤した結果です.安価で入手できるようになっても,病院に行くと白黒コピーの冊子が置かれているのを目にすることがあります.病院によっては,35円のコストも払いづらい状況もあるようですね.
<若い医師なんかはぜんぜん知らない?>
開設当初は冊子の作成を想定していなかったのですが,この冊子を作ったきっかけがあります.がん対策情報センターの活動を評価する運営評議会というのがあり,患者委員の方が入られていて,そのなかの評論家で乳がん患者でもある俵萠子さんという方がいらっしゃいました.その方が「すごく情報をまとめてくださったのは,大変ありがたい.しかし,私たち年寄りはネットなんて見られませんので,冊子を作ってください」と要望され,それを受けて,「じゃあ冊子にしないといけないね」となって,作り始め,今は28種まで,広がりました.
―――がんごとにあるんですね.乳がん,大腸がん,胃がん,膵がん.
はい,加えて,「がん相談支援センターにご相談ください」とか,「家族ががんになった時」とか,横断的なものもあります.
―――「妊娠中の場合のお薬情報」なんてのもあります.
それは国立成育医療研究センターで作っているものを取り寄せて,一緒に配布しているものです.
―――冊子の中の文章は,誰がどのように考えていらっしゃるのでしょうか.
基本は,がん情報サービスのwebページをベースに,抜粋する形で,私たちスタッフが書いて,専門家査読,患者査読を経て,患者さんも参加する編集委員会で承諾を得て,公開しています.
―――患者査読.
そうです.それも「患者必携」のときの経験ですね.言葉が難しい・易しいという観点だけじゃなく,「このような表現を使われるとすごく気持ちがつらくなる」といったことも言われましたので,原稿段階で,チェックしていただいています.
―――出来上がったものを見ると,本当に膨大な時間がかかっていそうだなと感心します.ちなみに,そもそもこういう冊子があるということを,若い医師などはぜんぜん知らないんじゃないかと思うのですが.
そうなんですよね.拠点病院の職員であっても,がん相談支援センターやがん情報サービスを知らなかったりします.メディアを通して,「何かあったら相談支援センターか,がん情報サービスに」とこの二つを広めることにはずっと注力していますが,まず,院内周知を進めることも重要と考えています.
2025年1月からは,両者を周知するための名刺大のカードを作成し,配布にご協力ただ行ける個人/団体に最大1,000部,無償で提供することもやりました.7万部作って,図書館・行政機関・NPO法人,医療機関,企業,個人などに,募集したところ,多くのリクエストをいただき,増刷して,663件,15万枚を配布しました.
―――これを配るお金も大変なのではと思います.
こちらは,寄付をいただいて対応しています.「つくるを支える 届けるを贈る『がん情報ギフト』」という名前で,ご寄付により情報を作り,冊子を図書館に寄贈しようという取り組みです.十分な予算がないのでそういうことまでやっているのですが,今までに724館に寄贈しました.全国には公共図書館が3,000ありますが,もう少しで3分の1に達するくらいまで広まってきました.小さな図書館でも,ギフトをベースにがん情報コーナーや医療情報コーナーを作っていただいたりしています.
<確かな情報にどうアクセスしてもらうか>
がん拠点病院にはがん相談支援センターがあって,誰でも行けるよといっても,病院に行くこと自体ハードルが高いという声も一方であります.
―――よくわかります.することもないのにわざわざ病院に行くというのは,普通の人はあまりしませんよね.
行かないですよね.だから地元の身近な図書館で,国立がんセンターが出した情報を手に取れるように……主ながんの冊子やチラシについては,閲覧するだけではなく,持って帰れるようにしているんです.そこからがん情報サービスとがん相談支援センターを知っていただくことを期目指したアウトリーチも意識して,活動しています.
―――ネットを見る,見ないの話もそうですが,いろいろな方向に話を広げていかないといけないお仕事ですね.ネットはもちろん既存の媒体もおろそかにできないわけですね.
そうですね.しかし,SNSや動画など,まだまだ,対応できていないところがあります.若者は,ネット検索自体をしなくなって,SNSから情報を得るようになってきたということですが,そんな中で,いかに確かな情報にたどり着けるようにするのかというのは,大きな課題です.
今の若い方々が年を取って,がんになったとして,それまでやってきた手法で情報を集めるわけじゃないですか.そうすると,とんでもない情報にたどり着いてしまう.そんな時代が逆戻りするようなことにならないよう整備することも必要と考えています.
―――そこは……人間の本来のキャパシティを超える量の情報が出ていますので,いずれはAIに助けてもらって,普段は見るものを好きなように見て,困ったらAI,といった方向にいくかもしれないですね.
そうですね.困ったらAIに助けてもらう.
―――でも……どうでしょうね.
ハルシネーション(事実と異なる情報)の問題などもあるでしょうね.それをあたかも常識のように自信たっぷりに答える怖さがあります.
<それはもう,直接交渉ですよ>
―――信頼できる情報,という意味で,たとえばネット検索の際に,がん情報サービスを他の情報よりも際立たせるような取り組みはなさってきたのでしょうか.
もちろんです.たとえば,Yahoo!は現在,「◯◯がん」とか「〇〇がん治療」などで検索すると,がん情報サービスが広告よりも上の一番上に画像付きの目立つ形で出でるようにしていただいています.
―――すごいですね.どうやったんですか.
それはもう,直接交渉ですよ.「ネット上に効果がない治療の広告が多くあり,あなたたちが広告を出すと,多くの患者が引っ掛かって命を縮めている」と直談判に行きました.
Googleにも行ったんですが,,最終的には本国の判断になりますから,と言われて,そのままスルーされてしまいました.
―――検索エンジンも,SNSにも言えることですが,どの国のどの企業が運営しているかによってだいぶ左右されてしまいますね.
プラットフォーマーが倫理観や責任感を持って対応しないといけないと思いますけれど,営利目的で活動しているなかで,理想論だけでは解決できないこともあるように思われます.
―――ある程度,人海戦術のようなものも必要なのかも,と思わされます.ところで,若尾先生のような試みについて,私たち医療者もできる範囲でお手伝いするべきでしょうか.医療者は情報についてどれくらいコミットするべきとお考えですか.
ありがとうございます.医療者の皆様にはまず,「医療の現場で患者さんに確かな情報を伝えていただきたい」と思います.
―――なるほど,それは外来であり病棟であり,患者さんが目の前にいるところで,まずはちゃんとやる.
はい.そのとき,がん情報サービスやがん相談支援センターなど既存のリソースをぜひ活用してほしい,と考えます.
たとえば,患者さんの就労支援が問題となったときに,国が,「主治医から,仕事をやめなくていいということを伝えてください」ということを指針として出したんですけれど,がん診療を行っているすべての主治医が十分できている訳ではないですよね.
であれば,最低限,がんになった人に対して「まずはがん相談支援センターがあるよ」と.そこを現場で患者さんにしっかり伝えていただきたいと考えています.
また,医療者として患者さんに伝えていただきたいのは,「医学は不確実であって,限界がある」ということと,「世の中にはエビデンスに基づかない情報があふれていて,ときに医者もそういった情報を出してしまっている」ということ.この二つを知っていただけると,患者さんのその後の判断に役立つのではないかと思います.
医者によっては,「ネットなんか見ちゃだめだよ」って言ってくださっている方もいますが,理由を話さずに見るなと言っても,なかなか伝わりませんよね.
―――そうですよね.それに,見ないわけないですし…….
ネットを見るにしても,「この中には危ない情報がいっぱいあるんですよ」ということを,まず,ファーストインプレッションとして伝えておかないといけません.あとは,「絶対治る」とか「完璧な治療です」なんて言うようなところは怪しい,まゆつばだ,とかですね.
<あらゆる疾患について調べられる仕組みがあれば>
―――予防に関してはいかがでしょうか.まだ病気(がん)になっていない人向けの情報,となるかと思うのですが.
予防についても,正しくない情報があふれています.ある患者さんがおっしゃったことですが,「自分でもできるようなやさしいこと」に惹かれてしまうということです.自分にとっていい言葉,心地よい耳あたりで,すごく簡単にできること.たとえば「野菜ジュースを飲めばがんにならない」という本をみて,必死で野菜ジュースを作って自分で飲んだり,パートナーに飲ませたりするわけです.なぜそれをやるかっていうと,「自分でコミットしていると実感できることだから」ということがあるように思われます.サプリや特定の成分を摂らないなども,自分でもできることですね.
そういうのは,予防でも治療でも,どちらでもあると思います.なにか,なにか自分ができることをしたい気持ちがあって,そういう情報に釣られ,動かされてしまうというところがあるんじゃないかと思いますね.
―――「自分でもできそうな,やさしい情報」の顔をした,不適切な情報に人々がだまされないためには,どういう知識を得ればよいのでしょうか.
今,我々が伝えているのは,「最低限の医療知識だけでいい」ということです.がんになる前から詳しい情報が必要かというと,まったくそんなことはないですね.最低限とはすなわち,「巷のがん情報は怪しいものが多い」ということと,「確かな情報はどこに行けば得られるか」という二つです.それこそ,“火事になったら119番”は誰でも知っているわけですよね.“がんになったらがん情報サービス”くらいの感覚,がんと言えばあそこを見に行けばいいんだというふうになるのが,理想だと思っています.
そして,がんだけではないですよね.あらゆる疾患について調べられる「健康総合サイト」のような仕組みが必要だと思います.実際,英国のNHS(National Health Service,国民保健サービス)は,疾患,薬,かかりつけ医,支援制度などをワンストップ検索できるサイトを作っています( https://www.nhs.uk/ ).とてもよい仕組みだと考えますが,すぐにこのようなサイトを作るのは難しいでしょうから,まずはポータルページを作って,各疾患情報サイトに飛んでもらう仕組みを作ることからはじめることになると思います.
<あらゆる疾患について調べられる仕組みがあれば>
―――健康なときからの準備,という意味では,たとえば,学校・教育機関に対するアプローチはどうお考えですか.
文科省ががん教育を進めていこうということになったとき,検討する委員をやらせていただきました.教育の研究者,学校の先生,教育委員会の方,患者さんなどと一緒に,がん教育の目的や内容を整理するともに,がん教育の教材を作りました.そこにがん情報サービスも入れています.子どものころから触れておくことが大事ですよね.ただ,先生がたがちゃんと教えてくださっているか,という点は課題だと思います.
教育というと,どうしても知識が先行してしまいますが,がん教育の目指すところにはもうひとつ,命や健康の大切さ,そして患者さんに対する共生の考え方を育むという目的もあります.そのためには,がん教育の現場で,患者さんに外部講師としてしゃべってもらうことが大切だと思いますが,なかなかそこが広まりません.ただ,たとえば北海道は,道の事業として「がん教育外部講師リスト」を公開し,いろいろな場所に患者さんを派遣したりしていただいています.
―――そうなんですか! 自分の地元なのに知りませんでした.
たしかに取り組みがぜんぜん伝わっていないところはありますね.
子ども達は,がん患者さんというと,病室で寝ていて,顔色が悪くて,やせているというイメージがありますが,元気なおばちゃんが出てきて「私,がん患者です」って言うと,みんながはっと驚きます.
「でも,おばちゃんもつらかったんだよ.何がつらいかっていうと,みんなから白い目で見られたり,あなたはなにもできないでしょうって言われたりするのがつらかった.いまでは,病気になる前と同じように仕事もできるんだよ」
そんな話をしてもらうと,がん患者さんに対するイメージも少しずつ変わってくるのではないかと思います.
―――なるほど……そういうのもがん教育なんですね.
ピアサポートもこれからどんどん広げていかないといけないと考えています.
―――ピアサポーターになってくださる方というのは,どういう方々なのでしょうか.
「自分も何か,人のために役に立ちたい」というモチベーションが多いですね.自分の経験を後の人に活かしたい,という.自己効力感というか,自分が役に立っていることを感じることで,非常に喜ばれる方もいらっしゃいます.
国の計画は,「がんになっても安心して暮らせる世界をつくろう」という方向を向いています.人々がみな,それぞれの立場でなにができるのかを考えていくことが必要になるんじゃないかと思います.
―――がんという病気は,ある意味で派手というか,わかりやすい部分もあると思うのですが,ほかの病気についても若尾先生がおっしゃったような取り組みは進んでいるのでしょうか.
疾患別の国立高度専門医療研究センターいわゆるナショナルセンター(NC)が六つあり(国立がん研究センター,国立循環器病研究センター,国立精神・神経医療研究センター,国立健康危機管理研究機構(旧国立国際医療研究センター:感染症,糖尿病など),国立成育医療研究センター,国立長寿医療研究センター),6NCと呼ばれています.これらの間で,たとえば循環器病情報サービスをどう作るか,糖尿病対策情報センターや肝炎対策情報センターをどう作るかなどについて,話し合ったりしてきました.
NCが独立行政法人となる際に,名前に「研究」がついて,研究センターはとにかく研究をするのだという大きなうねりがやって来ました.一方,やはり国として,しっかりした疾患情報を発信することもしないといけない考え,6NCの情報提供関係者で,情報交換や意見交換をしたりもしています.
さらに,国以外がやらないといけない部分もあるかなとも思っています.そんなに簡単にはいかないと思いますが,たとえば6NCのグループでNPOを作って,ファンドレイジングについて考える.具体的には,ドネーションでは一過性のものになってしまうので,サブスクみたいな感じでお金を取って,それを元手に情報を作って出していくなどなど.日本では,ネット情報はただというイメージがあり,お金を払ってもらうのは,本当に難しいとは思います.
―――難しいですね.
ウェブ記事でも,無料の部分は見るけれど,ここから先は有料というと誰も見なくなってしまう.だから情報が育たないというか,まともな情報ができなくなっていると考えます.ネットで,はじめに「みんなただで見られるよ」となったのは,普及にはよかったですけれど,今はかえってブレーキになってしまっているような気もしますね.
<普通の医療者は,何をすればいい?>
―――情報を扱うというのは本当に難しいです.私たち医療従事者の多くは,患者向けの情報発信については素人で,若尾先生のような方が少数精鋭というか,孤軍奮闘で情報を整備されているような印象を持っています.
では,逆に,普通の主治医だとか看護師のような医療従事者は,これから情報とどのように向き合っていけばよいのでしょうか.
皆さん,仕事の時間も限られていますから,そこはタスクシェアだと思うんですよ.主治医は「がん相談支援センターで相談できますよ,こういう資料があるから見ておいてくださいね,わからなかったらまた聞いてくださいね」でいい.自分で全部説明しなくてもいいと思います.サジェスチョンして,次のアクションを示してあげればいい.ただ,今はそれすらできていない.
―――うーむ.
それで,国のほうもいろいろ考えて,がん拠点病院では「主治医から相談支援センターの存在を患者さんに伝えること」という指針を出したのですが,現場では,説明文書に記載するなどで,しっかりと患者さんには届きませんでした.そこで,次の指針ではワンランク上げて,「がんの治療がはじまるまでの間に,がん相談支援センターを訪れる仕組み」というのをつくることになりました.
―――あっ,そうなんですか.それはいつからですか?
2022年8月の指針で2023年4月からとなります.
―――お恥ずかしながら,知りませんでした.
はい,今は必須要件になっているのは,都道府県の拠点病院だけです.しかし,地域拠点病院では「望ましい(*)」要件で,次の改訂で必須になるから,都道府県拠点の状況などを参考に,どう対処するか検討している最中と思われます.
要件で縛らないと現場は動かないというのが悲しい話でもありますが,これは患者さんのためだけではなく,主治医のためになることと考えます.自分達の負担をかけず,既存のリソースを活用するというところを考えていかなければいけないですね.
<未来のがん情報>
―――先生方が,図書館とか学校などに着実にアプローチされているというのは,私はひとつの希望のように感じます.そのコアになるべきがん情報サービスも,かなり上質なものになっていると思います.そのうえで,これからの5年を,まずはどうしようとお考えですか.
そうですね,いろいろツールは揃ってきました.少しずつ実を結んできているとは思います.でも,そこにたどり着けない人がまだまだ多くいらっしゃいますので,そこを減らしていかなければならないですね.
先程お話した「がん情報ギフト」だとか,「患者必携手にとるガイド」の更新版を作るとか.さらに,全国の拠点病院のがん相談支援センターも大変よくがんばってくださっています.
―――たとえばAIも,そこでは役に立つのでしょうか.
AIを用いた情報戦略についても検討しています.がん情報サービスをしっかり組み入れた患者向けのAIチャットボットを作ってみたりもしました.ただ,ハルシネーションはゼロにできるんですが,存在している情報に対して,情報はありませんと回答してくる,ということもありました.ページとして,まとまっている情報は答えてくれるけれど,複数のページを統合して答えなければならない場合に,対応できなかったりしました.
日々進歩していますので,いずれはAIが答えるようになることを期待しますが,ハルシネーションがあるかぎり,患者さんにオープンすることは危ないという感覚はあります.
医療者が用いて,それを患者さんに開示する,というならいいんですけれどね.医療のことをあまりわからない人が見て,AIが出した答えをそのまま信じちゃうというのが危ない.そういうのは100%正確ではないよ,というのも含めて情報リテラシーですよね.
―――現場の医療者にも情報リテラシーは必要ですね.
その通りですね.そして,患者さんのリテラシーに合った情報提供を行うことも必要と考えます.
<もうちょっと,共同利用ができないものか>
ちなみに,がん情報サービスで一番手間がかかるのは,更新です.情報の更新.作っておしまいではない.ガイドラインもどんどん更新頻度が早くなってきています.がん種ごとのガイドラインが変わるごとに,変更点を見て,更新していくことが必要です.
各診療科の先生や学会の先生方に原稿を見てもらって直していくのですが,アメリカのNCI(米国国立がん研究所)のPDQ(patient query)と比べて,こちらは予算も人員も二桁少ないです.
―――大変ですね.しかも,米国が安泰かというと,政権の方針によって予算が削られちゃったりしかねないので,実はそうでもない……かもしれない.失礼ながら,本邦の国立がん研究センターも,予算的にはけっこう大変そうだなということを思いました.
ちなみに,民間で同様の取り組みはないのでしょうか.たとえば,生命保険会社がつくるチャットボットなどは?
じつはわれわれも,第一生命,住友生命,アフラックなどの生命保険会社と連携して,情報提供をしています.
―――ああ,そうでしたか.
ただ,「契約者だけに情報を提供する」ようなものは,NCCが対応すべきではないとの考えに基づいて,契約前の方も含めて,広く公開する資材として使うものに限って協働しています.
また,情報は集約したほうがいいですよね.製薬企業が独自の「がんの療養サイト」を作っています.同じようなものを,それぞれがお金をかけて作るんじゃなくて,資金や労力を集めて一つのものを作り,共同利用ができないかというのを,製薬企業とも話して模索しています.でも,やっぱり,わが社はわが社,になってしまうんですよね.
ちなみに,製薬会社はほかにも,たとえば薬に関するいい情報をたくさん持っています.でも,現在,B to Cの広告は薬機法で禁じされています.広告が対象で,情報提供は可能と思われるのですが,製薬協の自主規制で厳しめに縛ってしまっています.その結果,薬に関して一番情報を持っているところが世の中に出せない状況になってしまっています.
そこを変えようということで,製薬協や製薬企業の方などともいろいろ話したりしています.それは広告じゃなくて情報提供だ,と言って,内容を絞っていけば出せるんじゃないか……ということなんですが,なかなかどこも,そこを怖がって出そうとしない.
―――うーん.副作用情報とかもだめなんでしょうかね.広告にはならないと思うんですが,薬機法に引っかかってしまうのでしょうか.
端的にいうと,直接一般の方に伝えるのではなく,医療者を介して伝えるということになっているんですね.この間は,治験の結果を一般の方にもわかりやすくまとめたプレーンランゲージサマリー(PLS)を,海外の英文誌に和訳とともに投稿し,その掲載について,メディア向けにプレスリリースした,みたいな話がありました.おかしな話で,「この治験でこういう結果が出ました」を広くオープンにすればいいのに,一般には伝えずに,求める者だけに伝わるよう,敢えて見つかりにくくしているという状態になっています.
―――製薬企業がB to Cの情報を出せなくなったことにも理由はあるんでしょうが,なんか,もう少し患者にとっても医療者にとっても,もう少しうまく情報を出せないのかな,と思ってしまいます.
ちなみに,製薬企業さんだけの話ではないです.診療のガイドラインを一年間ネット公開しないという契約を出版社と交わしていることもあります.乳がんあたりはいっぱい売れるので,わりとすぐネットで公開されますが,小さな学会のガイドラインは,本を売るために,1年間はネットで公開できないという縛り受けるというものです.
―――がん取扱い規約も,書籍版ばかりで,オンラインで閲覧できない.全文出してくれなんて思いませんが,なぜ要点だけでも公開できないのかと思います.
<直後は,本当になにもできない>
―――患者視点に話を戻しますが,がんという病気は,かかったあとに知らなきゃいけないことが,ほかの病気に比べて多いでしょうか.
生活習慣を守らないといけない,みたいな話は,糖尿病などに比べるとむしろ少ないかもしれません.
―――そうか,そうですね.
それよりも,最初のギャップが激しいんじゃないでしょうか.「不治の病」「稀な病気」というイメージを持っていて,自分は関係ない,人ごとだと思っているなかで急にドカンと来て,驚いてしまって,思考停止してしまうというようなところがあるように思われます.
―――なるほど.その話でいうと,たとえば患者ががんの告知をされたあと,スマホを持って検索をするタイミングというのは,やっぱり「病院を出たあと,帰りのバスの中で」というのが多いのでしょうか?
いえ,個人差はあると思いますが,帰りのバスだとまだできない方が多いと思いますね.ときどき聞くのは,「どうやってうちに帰ったか覚えていない」という.2,3日してから「これからどうしよう……」と考え始め,情報を探し始めるのではと思われます.だいたい2週間くらいで,ショックから立ち直って,今まで通りに考えたり,行動したりできるようになるということです.
―――告知直後というよりは…….
そうですね.直後は,本当になにもできない方が多いと感じています.
<若尾先生のスキル>
―――若尾先生は本当にたくさんのお仕事をなさっていて,プロダクトも数多く,達成されているものも山程ありますが,そういったものを……ぜひ謙遜なしでお答えいただきたいのですが,成し遂げてきたものを支えた,ご自身のスキルはなんだと思われますか?
なんでしょうね.むずかしいな.
持続してきた,というところはあるかもしれません.あきらめないで続けていくという.
―――先生のお仕事には,メソッドが未開のものが多い気がします.
そうですね,実施手法に加えて,評価法も確立されていないですからね.
―――そんななかで,どうやったんですか?
突き進んだというか…….あと,仲間がいて,仲間と一緒に突破したというところです.がん対策情報センターができたときに,同じような考えを持っている人間が集まって,「病院ってしょうがないねー」なんて言いながらいろいろやってきた,というところですかね.
―――病院の論理だけだと突破できなかったときに,たとえば患者会とか,別の領域のプロに話を聞かれたりもしたんでしょうか.
そうですね.患者さんとか支援団体の方からはたくさんの話を聞きました.PRやマーケティングなどに関する本は読みましたけれど,その領域のプロの方とは,コミュニケーションをとりませんでした.,あんまりそういうのには頼らなかったかもしれない.
ただ,デザインやシステム構築については,業者を入れています.
デザインと言えば,一世代前のがん情報サービスのトップページについて,さとなおさん(佐藤尚之さん/コピーライター)に,ダメ出しされたことがあります.「いろんな色を使っているから,目がちかちかする.こんなのは時代遅れだ」とか(笑).
あとは,大きな新聞社とか出版社に所属していて,がん対策にすごく関心を持って,情報発信やサバイバーの支援をされているメディアの方々とも連携させていただいたりしました.

