『がんユニ』精神科医・清水先生とのお話。

※毎週火曜日、書籍『がんユニバーシティ』で行ったインタビューの、「編集中の原稿」を全文公開します。書籍版ではここから大幅に編集をし、各先生方からの寄稿をはじめとするたくさんの文章をコラム的に散りばめて、一冊の本にまとめます。このブログでは、インタビュアー(市原)が興奮し続けた「生の雰囲気」、編集前の原稿だけが持つ猛烈な(ちょっと読みづらい?笑)エネルギーを味わっていただきたいと思います。

科目名:          がんの臨床

講 師:          清水研先生(がん研有明病院腫瘍精神科)

テーマ:          精神科学

学 期:          3年前期

Q1. 清水先生のご専門を教えてください.

A1. がんの専門病院で働く精神科医です.

 身体疾患を診る病院で働く精神科医です.リエゾン精神医学などと言ったりしますが,精神科医の働き方としてはマイナーなほうです.様々な身体疾患がありますが,私はがん専門病院に勤めているので,がんだけを専門としています.

 多くの精神科医は精神病院で勤めていますし,最近の若い人のゴールとしては「開業」というのがすごく多いです.そんななかで,すでに主治医がいる医療の中にリエゾン精神医学として入っていくというのは,けっこうアウェイな感じがあります.それなりに忙しくて,傍から見るともの好きな感じというイメージがありますが,医療の中でダイナミックに展開される人間関係において,潤滑油のような働きをする今の仕事はやりがいがあって,私は大好きです.

 

Q2. 精神科医にとって,がんは特殊な病気ですか?

A2. 「わかりやすく死を意識する病気」だと思います.

生命を脅かす病気,life threatening illnessというくくりがあります.そのような病気の中でも,がんはだいぶ違うなぁと思います.たとえば心疾患とくらべてみても.

心不全は突然悪くなったかと思えば,また良くなったりもして,終わり(死)というイメージが明確にはみえない.終わりをあまり意識しない病気だと思うんです.一方で,がん,特に固形がんが再発すると,すぐではないけれど,そう遠くない未来に自分は死ぬということを,患者さんは覚悟されます.

がんというのは,「明確に自らの死を意識する病気」という特徴があるんじゃないでしょうか.

がんという病気の心のケアをするなかでも,患者さんとの対話のなかで「死」というテーマが中心となることがよくあります.

昔は,がんになったらおしまいだ,みたいなイメージがあったと思うので.そういった過去のスティグマもあるかもしれません.本当は,がんといってもさまざまです.たとえば血液がんは最期の最期まで根治をあきらめないケースが多く,少し趣が異なります.胃がんとか,大腸がんとか,最近は肺がんも,分子標的治療など治療の進歩に伴って,以前とはだいぶ変わってきました.

 それでも,がんになると,早期でも多くの人は「死」を意識する.周囲からすると,かわいそうな人だって思われることがあります.社会から温かいサポートが受けられることはよい反面,「かわいそうな人」と思われることに抵抗感がある人は多い.「かわいそう」という人の心の奥には「自分とは別の世界の話」という思いがあることが多いので,「かわいそう」と言われると疎外感があるのかもしれません.理想論かもしれませんが,人生,だれもがいつなんどきどんな災難が降ってくるかわからない,ということをわきまえておけるとよいのだと思います.

Dialogue

<がん患者さんの心はどこにあるのかな>

―――清水先生のご来歴をお聞かせください.

私は,1998年に金沢大学を卒業しました.当時はストレート研修の時代です.東京医科歯科大学の精神科教室に入局したのですが,そこが非常に自由なところで,最初に大きな精神科病院で研修してもいいし,大学で研修してもいいし,精神科医が赴任している病院のスーパーローテートにアプライしてもいいということでした.今後,精神科でずっとやるのだとしたら,最初に内科,麻酔科,外科,脳神経外科あたりを回っておくのがおもしろいなと思って,最初の2年はスーパーローテートをすることにしました.都立の荏原病院,洗足池にある病院です.

そこでは,のちに「がんの精神科医」をやる布石になった体験がありました.

―――精神科で本格的に勤務される前のことですね.

そうです.外科を回っているときのことです.胃がんが再発すると,外科が診るわけですよね.だんだんご飯が食べられなくなると入院する.当時は,食べられなくなったらCVライン入れてIVHという感じで,そのうち病院で亡くなるのですが,患者さんはだんだん元気がなくなっていくわけです.朝の回診の時間,外科のスタッフ全員でベッドサイドをまわる際に,主治医は「がんばって食べなきゃだめだよ」などと言いますが,体がだんだん衰弱する患者さんは食欲が出るはずがないんです.患者さんは外科の先生がたに,「私はしんどいんだよ」みたいなことを言うんですね.私は外科医の集団の端っこでそのやりとりを眺めながら,患者さんたちの心はどうしたら安らぐことができるのかな,って思いました.

肺がんの患者さんでも,当時は告知することがあまり一般的ではなくて,自分の状態があまりよくわからないなかで亡くなっていく.それで家族も動揺する.最後まで家族は嘘をつき続けなければならないし,大切な家族なのに真実を共有できない.そんななかで,このような状況における心のケアというのは何なんだろうという疑問が私の中で湧いたのです.

自分は精神科医になるつもりでしたので,がんの心のケアが大きな課題なんだなということを,そのときに思いました.

―――それが「がんの精神科医」を志すにあたっての一つの布石だったということですね.

はい.そして実は,そもそも精神科に進もうと思ったきっかけが,もっと昔にあります.

<この自分の苦しさというものがわかるんじゃないか>

私は両親に厳しく育てられました.診断がつくかどうかはわかりませんが,不注意で落ち着きのない自分は,「おまえは不真面目で真剣さが足りない.そのままじゃだめだぞ」というふうに言われ続けました.私は親の言うことを素直に受け取り,私の自己像は自己否定から始まったんですよね.中学時代もいじめにあって,どうやったら周りに嫌われないだろうって,自分がこうしたいという気持ちは無視していました.高校時代も非常に生きづらくて,弁護士だった父親が,呪いの言葉を二つ私に残しました.ひとつは,「おまえはサラリーマンには向いていないぞ」と.もうひとつは,「社会に役立つ人間になるように」です.後にして思えば,これは自分の跡を継いでほしいっていうことを,婉曲的に言っただけだったと思うのですが.

―――その婉曲は,だいぶ遠いですね.

遠いんですよね.「俺の跡を継いで弁護士になってくれ」であれば,私も拒否できたんですが.

弁護士の司法試験って,当時はみんな10年ぐらい勉強してやっと受かってた.そんなの俺やだな,って思いました.そんな折に,いとこや高校の先輩が医学部に進んでいたんです.医者がサラリーマンじゃないかどうかは微妙なところですが(実際現在の自分は中間管理職の役割を負っていますが),医学部に行くという道があるかもしれないと思いました.

それと,自分に自信が持てず,他人の目を気にして生きているこの自分の生きるうえでの苦しさの原因が,精神科医になるとわかるんじゃないかという,本当に漠然としたイメージがありました.ですから,精神科医になろうと思って医学部に行きました.

―――なるほど.

最初から「がんの精神科」をやりたかったわけではなかったのですが,先ほど述べたようにスーパーローテートのときの布石がありました.それと,「何のために人は生きるのか」という問いに対して,がんとともに生きている人は何か答えを持っているんじゃないかと.

サイコオンコロジー(精神腫瘍学:がんにおけるこころの医学)を目指したときに,自分の生きづらさの答えを見つけるということとつながっているという認識はなかったですが,今になって振り返ってみると,自分の漠然としたニーズに対して,ここは答えが見つかる場だという,直観的な部分も大きかったんじゃないかと思います.

―――ご自身の選んだ仕事が,結果的に自分がずっと求めていたものと近しく寄り添ってきたということでしょうか.これ,清水先生がたまたま幸運だったということなのか,それとも普遍的な現象なのでしょうか.

確信を持ってお答えできるわけではないですが.

自分が本質的に求めているものを,「want」と言ったりします.

物心がついたばかりの子どもは,無邪気に自分がほしいものを求めますよね.「おもちゃがほしい」とか.でも大人になると,こっちの仕事のほうが収入がいいぞとか,こっちのほうが楽だぞとか,そういう理屈で考えるようになります.どこかでそのような大人の理屈と,「want」との葛藤が起きてくることもあると思います.人によって,グラデーションはあるでしょうけどね.そんななかで,本質的にやりたい「want」に,結果的にたどり着く人はいるでしょう.私の中の「want」が,精神腫瘍学はお前がやりたい仕事だぞ,ってささやいていたのかもしれません.

―――最初からご自身のルーツや悩みに合うと思ってがんの精神科医を志したわけではなかった,ということですね.

そうです.でも,今になって振り返ってみれば,いろいろな布石が今につながっているのかな,という感覚ですね.

<心は科学にならない>

―――スーパーローテートが終わったあと,どのようにがんの精神科医への道を進まれたのでしょうか.

2年間が終わったあと,次の3年間は,うつ病とか,統合失調症といった,精神科の中心となるような患者さんを診ていました.精神科医の場合には,精神保健指定医という国家資格をとるのが,ひとつの専門医的なゴールとしてあったんですよね.その資格が取れて,さぁ,次に自分のサブスペシャリティをどうしようかと.

3年目,4年目は,国立精神神経医療研究センターのレジデントをしていました.当時は武蔵病院と呼ばれていました.ナショナルセンターとは名ばかりな感じで,名前にだまされたところもあるのかもしれないですけれど(笑),行ってみたら本当にクラシカルな精神病院で,患者さんといっしょに日々のんびり過ごしたりするわけなんです.

そこの4年目のとき,レジデントの先輩が,「俺がいろいろ紹介してやるよ」って言ってくださって,柏にあるがんセンター東病院の,「精神腫瘍学」というがん精神科の部門で研究されているご友人を紹介してくださいました.

そのころの私は,統合失調症の臨床を一生やりたいわけではないなと思っていました.統合失調症は人間の思考機能そのものに障害をもたらしてしまう病気ですが,私は,人間がある程度思考の機能が保たれているなかでストレスとどう向き合うかということに興味をもちました.がんの精神科,しかも「国立がんセンター」というナショナルセンターの中でも最高峰と言われる施設.すごくアカデミックでアクティビティも高いんじゃないか.なので,ここで勉強したいなと思いました.

―――スーパーローテートのときの外科のイメージが,先生の中に残っていらっしゃったのでしょうか.

「がんの患者さんのこころの問題」を考えられるかもしれないと.

精神腫瘍学研究部の先生たちは,そのころすでに,「がんの患者さんの中にはうつ病がこれくらいいる」みたいな観察研究を,それなりに高いクオリティで,かつインパクトのある形で発表していました.

精神腫瘍学研究部ができたのが1995年.私は医学部を卒業したのが1998年で,2000年くらいのときに,『Cancer』や『Journal of Clinical Oncology』などの国際的にも評価が高い雑誌に,その研究部の先生方は報告を出されていました.観察研究はできた,次は介入を一緒にやろうじゃないかということで声をかけられ,若い自分は奮い立ったような感じでしたね.

2003年,医師6年目に国立がんセンター(通称 国がん)のレジデントになりました.当時の国がんは本当にヤクザなところで(笑),「がん患者に土日はない(つまりお前らは休みなく働け)」と言われていました.そしてそれが正論だと感じられていたころです.

待遇に関しても自虐的に,「給料を時間で割ると既定されている最低賃金を下回ってるよね」みたいな感じ.臨床も夜8時くらいまでやりつつ,臨床が一段落してから夜遅くに論文を書いたり解析したり.

当時のテーマは,「うつ病のスクリーニング」でした.

―――がん患者さんのベッドサイドで,うつ病のリスクの高い人を抽出できる,みたいなことでしょうか.

そうです.うつ病って高頻度にあるし,見逃されやすいので,スクリーニングをして早期の介入,二次予防.そうすれば,結果的にQOLが改善するんじゃないかと.

ただ,ロジカルには成り立つんですけれど,実地臨床でやってみると,これはちょっと違うなって感じなんですよね.

―――当時,そういった研究に携わられた人たちの書いたものを今読むと,「充実してはいたけれど負けた歴史」として語られているように思います.ぴんとこなかった,と.

はい.それでも,実感としてはぴんとこなかったことを,ミッションとして形にしていかなければならないんですね.苦しかったです.がんセンターなので,科学ですべてを語らなければいけない.確かにロジカルに組み立てられた研究を発表すれば,インパクトファクターが高い雑誌に論文が出せるんですけれど,それと実地臨床における実感とがだいぶ乖離しているように感じてしまいます.

科学ですべてを語るというのは……心の中にある複雑なファクターを,線形回帰分析などに当てはめるというのは,今にしてみれば,無理があったなと思う.うつの変数も,こっちのスケールとあっちのスケールで,同じものを測っているはずなのに,独立変数に2つのスケールをそれぞれ別に投入してみたら,全然違う結果が出たりとか.「なんだこれは!」と心の中でずっこけるような感じがありました.

―――スコアリングについては論文がけっこう出たと思うのですが,介入についてはどうだったのでしょうか.

スクリーニングして介入することでうつ病の発見が増えるという結果をいくつか出しましたが,その後のQOLのアウトカムまでは,患者さんを集めたり,調査を行うために必要なマンパワーが壮大過ぎて結局たどり着けずに終わりました.

今から2年前くらいでしたか,京大の脳科学の先生が総説を書いており,大規模な研究をいろいろと概観すると,脳科学や心理学の研究の多くは再現性がなかったということを書いていました.

―――切ないですね.

心は科学にならないということを,皮肉なことに科学的に説得力を持って言っているなぁ,とも思いました.それまでの私も,科学のロジックで心を扱うことをもうやめようと思っていましたが,その総説を読んで,「やっぱりそうだったか」と完全に吹っ切れました.

国がんで,10年ぐらい研究班の主任研究者もやって,データが積み重なっているふうに見せながら,砂上の楼閣の結果を出し続けるのもいやだなと思っていました.2014年から2015年ころだったでしょうか.日本精神神経学会だったかな,「今まで私はエビデンスで批判される余地がないように武装した話をしてましたが,今日はそれをやめた発表をします」と言ったら,精神科の先生たちにすごくウケたんですよね.

―――それは,ざわざわします.その場を見てみたかったです.

その頃でしたか,古川壽亮先生という精神医学におけるEBMにおいて大変有名な方も,「精神療法(カウンセリング)の介入研究は,真の結果を導いているのではないようだ.メタ解析をすると,結局介入群をどう置くかによって差の大部分は規定されているんだ」みたいなことをおっしゃっていました.カウンセリングの介入は患者さんにはブラインドにほぼできないからですね.そして,ウェイティング・リスト・コントロールを対照群に置くと効果量が大きくなる,みたいな話をされました.ウェイティングリストコントロールとは,観察期間が終わった後に,試験とは関係なくカウンセリングを受けることになっているのですが,「カウンセリングを受ける前に症状は良くならない」という暗示がかかってしまうそうです.

そんなことがあるなかで,だんだん,すべてとは言わないですが,Psychiatryのなかには大事なことだが科学にならないことがたくさんある,ということが確信として増えてきて,「エビデンスレベルとしてはエキスパートオピニオンにすぎないけれど,自分の経験でモノを言ったほうが説得力もあるし,自分も納得がいく」というように変化してきたんです.

<死のイメージ>

―――「Q2」で,先生は「がんという病気の心のケアをするなかで,死というテーマが,強くあると思う」とおっしゃっていました.がんにかかった方,先生が腫瘍精神科でご覧になっているような方にとって,「死のイメージ」が悪さをしているのでしょうか?

 興味深いですね.

 私は今50代です.人間って,人生後半になってくると,だんだん老いていって死ぬ,というイメージが実感をもって湧いてくるのだと思います.一方,若いときは,「死は自分には永遠にこない」というような……自分はこれからどんどん成長していくのであり,衰退して死に至るのはまだまだ先の話だと思っています.また,現代の社会的にも,死を隠そうという風潮があります.

そういったなかで,まだ死の心構えがない人が,自分自身の,当事者としての死に直面するというのは,突然氷水を頭からかけられるとでも例えたらよいのか,とにかくすごく衝撃が大きいと思います.

 一方で,実はそれは人生の真実と向き合う機会でもある.

 がんになって良かったという人はまずいません.でも,がんになって初めてわかったことがある,ということは,たくさんの方々がおっしゃいます.

―――がんになるまでは当然だと思っていたことが,当然じゃなくなるといったことでしょうか.

 そうですね.かくいう私自身も,今も「10年後も自分の人生がある」と無意識に思っているはずです.当然,明日が来る.「今年もあっという間の1年でしたね」なんていう会話をするじゃないですか.それは,自分の人生がずっと続いていくという前提があるからです.

 ―――病気によって「自分の人生の終わり」を意識した人にとって,「今年もあっという間の1年でしたね」という言葉は,まるで違った意味に聞こえるということですよね.

 前提となるモードがぜんぜん違うんです.

<Growth>

 私がはじめてがんの病院に勤めたときは,それまでの精神医学の知識が,ほぼ役に立ちませんでした.うつ病には抗うつ薬を出せばいいだろうというふうに思っていたんですけれど,ぜんぜんそうじゃないんですよね.

 ―――がんに罹患することでやってくるそれは,いわゆる一般的なうつ病とは違うんでしょうか.うつ状態?

 がん患者さんもストレスが積み重なると,うつ病の診断基準を満たすことが多いのですが,一般精神科臨床のイメージとは違うんですね.DSMのうつ病の診断基準にはひっかかるんですけれど,がんそのものや,痛みなどのストレッサーの影響が大きいし,その人の性格特性にも大きく影響を受けるので,薬物療法があまり効かない.それに,受診される患者さんも,薬物療法を求めていないんです.

 たしかに診断基準には該当する.しかし,いわゆる一般的なうつ病の疾病モデルと,がんの患者さんの心理って合わないなーと思いながら,いろいろもがきました.そんな中で,post traumatic growth(心的外傷後成長)というモデルに出会ったのです.このモデルにおいては,がん患者さんの心理がとてもわかりやすく説明されていると思いました.

 それまで健康で平和に生きてきて,10年後だって当たり前にやってくると思っていた人が,「あなたは膵臓がんです,確信的なことは言えないが,もっても2年くらいかもしれない」と言われると,1回,絶望します.ただ,その先がある.限られた時間ではあるが,まだ続いていく.

そこでは悲しみという感情がすごく大切です.

泣いたり,悔しがったり,ネガティブな感情に圧倒される時期が落ち着いた後に,でも起こってしまったことは変えられないなという感じで,だんだん受容みたいな感覚がやってくる.そうすると,この2年を自分はどう生きたらいいんだということを考え始めるようになる.人生は限られているからこそ1日を大切に生きるという価値観に変わっていく.

 こういうモデルがあると知るまでは,絶望した患者さんに対して,自分としては抗うつ薬を出すなりして,なんとかネガティブな感情を変えなきゃいけないと思っていました.しかし,患者さん自身が「成長」の道のりを歩む力があるんですね.

気持ちを変えようとするのではなく,すごくベーシックな方法なんですけど,共感的な理解,つまり「自分の気持ちをわかってくれる」,そういう温かさを持っている人と話したり感情を吐露したりすると,多くの方は前述の成長のプロセスが早く進むんです.

 ―――それは,growthなんですね.元に戻るのではなく,growthであると.

多くは元には戻れないんですよね.もっとも,5年生存して長期サバイバーになりました,っていうような人は元に戻ります.「あのときの死ぬかもしれないという感覚を,最近忘れています」というふうになるんですけれどね.

 ―――「限られた時間」を意識する人は,下がって上がって元に戻るというのではなく,違うところを上っていく感じなんでしょうか.

 ネガティブな感情は,新たな危機を迎えればまた戻ってきます.しかし,価値観自体は元には戻らないというか.ロングタームサバイバーの人も,戻るとはいえ,そのときの体験がどこか心に根ざすと思います.「人は生きていると突然なにが起こるかわからない」ということを,心の奥底に置いておけるようになるんじゃないでしょうか.

 ―――そういった患者さんと向き合ううえで,先生はどのような実践をされてきたのでしょうか.いわゆる「科学の手法」だけではやはり難しかったのでしょうか.

そうですね.科学的な証明はされてないけれど,経験的に意味があるだろうというものにも,いろいろ飛びついて模索しました.自分自身がカウンセリングを受けてみる機会もありました.たとえば,精神分析の先生が,患者さんの怒りというものにはこういう深層心理があるんだ,と言うわけです.無意識という測ることが難しいものは科学的に証明することは難しいです.しかし,私の心に訴えかけるその実感のほうが,科学的な論文を読むよりも,説得力があるなと思ったりもしました.

<それはそれで,どこか苦しい>

―――清水先生は現在,若い研修医・レジデントなどを引き受けることもあると思うのですが,精神腫瘍科にやってくる方はどういう方が多いのでしょうか.

たとえば,人間自体に興味があって,私がやっていることにすごく興味をもってくる人がいます.

しかし,せっかくこの世界を志しても,(〇〇の)あいまいさにやりきれなくなって,自分が得意な世界に閉じこもっちゃう傾向の人もいますね.心理的なやりとりよりも,薬物療法などの,より医学的な対応を好むというか.

―――それはそれで,なにかしらの結果が出たりもするので,その人にとっての「実感」になっている,ということなのでしょうか.

私もかつては,患者さんとの対話がぜんぜんわからなかったので,症例検討会のような場には,「脳転移」の症例のような,精神医学のロジックで説明できるものばかり出していました.意識障害があるとか,妄想であるとか,いわゆる精神機能自体に障害を持っている方のほうが,最初は得意でした.なんとか今までの技術で説明できる,というような.

でも,そういったいわゆる精神疾患といえるケースばかり出していた時期には,精神腫瘍学の中心にあるテーマから逃げているという負い目があったんです.がんの心のケアで,一番ど真ん中を避けているような.

サイコオンコロジーで,対話をやろうとしない精神科医もいるんですけれど,それはやはり,どこか苦しいと思うんですよね.

<気の利いたことを言わなくてもいい>

がんの患者さんがストレスに感じるのは,身の回りの人が戸惑っちゃうことなんですよね.「この人は死にゆく人で,自分は生きている世界にいる人だ」と.この断絶があるなかで,がんの人にどう声をかけていいかわからない.

―――清水先生がこれまでお書きになってきたものの中には,がんの患者さんだけではなく,その周りにいる方にも声を届けようとされている気がします.

がんの体験というのは,ドラスティックに人生の真実を知る体験ですから,その体験談からあらゆる人が学ぶことができると思うんです.死は誰にでも起こるもので,「かたや永遠に生きる人,かたや死んでいく人」なんてものじゃなくて,垣根はそんなに高いものじゃない.私も50代になって,そういう感覚になってきました.

かなり厳しい状況の人に対して,今,病気を持っていない私が,どう声をかけたらいいのかという気持ちにそれまではなっていましたが,だんだん気づいたんですよね.気の利いたことを言わなくてもいいんだ,と.

「なんと言っていいかわからないけれど,大変だったんですね」くらいでいいというか,それぐらいしか言えることがない.でも,私のその言葉に救われなかったとしても,素直なひとりの人間として語り合おうとする姿勢は伝わるかもしれない.ほっとできる場,愛着理論でいう安全基地というもので,それが提供できればいい.つい,相手が泣いたら励まさなきゃいけないって慌てちゃうんですけどね.自分ができないことをしようとしても,相手の人にはすぐにその浅はかさは見透かされてしまう.自分が何かしようとする焦りには,自分本位の「職業人として何かしなければならない」という自分本位の欲求があるのです.そうではなくて,慌てずに,そばにいることができたらいいんだろうなと思うんです.

―――難しいですよね?

看護師さんでも,なにかしてあげなきゃと焦るタイプの方はいますね.一方で,天性の才能か,それまでの人生経験の中で獲得されたのかわかりませんが,自然に患者さんのそばに居るということをやっている人もいますけれどね.

あと,心の感受性というのもあると思います.相手の気持ちを想像する能力.EQでしたっけ,Emotional Intelligence Quotient.私もあんまり感情のひだは豊かではないので,こうやって理屈で補ってやっているのかもしれません.

―――先生の,理屈との間合いはすごく繊細ですね.感受性とか,患者さんとの距離感とかは,多くの医療者が,理屈で補ってでもなんでも,身に付けられたらいいなと思います.

患者さんのそばにいるということについては,「doing」と「being」があると言いますね.薬を処方するというのは典型的なdoingですが,何かするというdoingと,その場にいるだけのbeing.

このbeingのほうは,すごく難しいことです.

でも,ある程度は,本や講義などを受けて,知識で身につけられる部分もあると思います.

たとえば……「泣くのはいいことですよ」.

遺族のカウンセリングでは,とにかく泣いてもらうんです.そうすると,普通にカウンセリングをするよりも,悲嘆から回復する人が多いというデータもあります.

で,「泣いてもらうのはいいことなんだ」って私たちが学ぶと,目の前の患者さんが泣き出したときに焦るのではなくて,ああ「泣けて良かった」と思えるので,その場にいられる(being)ようになる.

―――専門家として介入するのがdoingだとして,清水先生は今,一日のなかで,どれくらいdoの側に,どれくらいbeの側にいられるのでしょうか.

私の人生は,どんどんbeになっています.

―――いいですねぇ.

Doに関して言うと,私は数年前まで,すごく承認欲求があったと思うんですよね.次の本をベストセラーにしたいなとか(笑),そういうことを考えていた時期があったんです.

―――私は,今日も考えています(笑).

それは,そうじゃないと困りますもんね(笑).でも最近は,それはそれでうれしいんですけど,奇をてらったタイトルで売ってやろうとかじゃなく,売れたとしても,それを読んだ人が幸せになったとか,そういうところまでいかないと,いくら部数が伸びてもむなしい気がするんですよね.

 50代になるとそういうふうになる気がします.自分も死んでいくし,みんな死んでいくし,死んでいく人にいくら表面的に「いいね!」を押してもらっても,自分の人生,変わらないぞ,と思うようになったんですよね.

<この人に頼ってみようか>

―――清水先生は歳を重ねられるごとに少しずつdoからbe寄りになられたとのことでしたが,たぶん世の多くの人もそうなんでしょうね.でも,まだ「do」への気持ちが強い人,自分がなにかに介入して何かを変えることがモチベーションだという時期の人が,がんになると,それは大変なことですよね.

すごく大変です.

―――そのつらさがわかってきました.

 私の外来の患者さんで一番多いのは40代,50代の方です.がんって,年齢によって増えていく病気ですけれど,70代で心が苦しいといって来る方はあまり多くありません.

 昔は,主治医に勧められて来る方が9割でした.でも最近は,ご自身でご希望なさってやってくる方のほうが多いですね.「積極的にケアを受ける」という文化に,少しずつ変わっている気がします.精神科って頭がおかしい人が行くところだっていう昔あったイメージが,変わってきたんじゃないですかね.

―――ご自身でかかりたいと言ってやってくる方は,ご自身のことをよく認識されているのでしょうか.

 「苦しいから,心のケアがあるなら受けてみたい」っていう感じでしょうね.そこで助けを求められる人というのは,逆に強い人だと思います.

 基本的信頼感という問題,つまり,世界や見知らぬ他人はきっと自分を助けてくれるだろうという根拠ない先入観ともいえますが,結局そこになるんです.反対に,他人とは怖い存在だという人が精神的に追い詰められがちで,胸の内を話すとか,誰かに頼るということがなかなかできない.そういう人は大変です.

 「初対面の人に自分の悩みを打ち明けてもわかるはずがないだろう」とか,「自分のことを陰で嘲笑ってるんじゃないか」とか.人間関係のトラウマがある人って,そういうところがあるんじゃないでしょうか.

―――そこでなおbeingに徹するというのは,すごくプロフェッショナルですね.

 たしかにそうかもしれません.その探求に終わりはない気がしますが,その経験,心構えで変わることがある.つまり,そこの「端境」のところにきたときに,相手の態度,醸し出す雰囲気かもしれませんが,この人に頼ってみようかという気持ちになれるかどうかというのが,あると思うんですよ.

<無意識を言葉にすることに触れる>

―――先生のような腫瘍精神科医になりたい,と思った後輩に,どういう道を歩んだらいいよという,おすすめのようなものはありますか.

 私にとって難しく,苦しい質問です.「お前だけできるようになっても,日本はよくならないんだぞ.後輩を育ててこそ一人前だ」って,ずっと言われてきたところがありまして.

 がんの患者さんの心のケアが,科学になりにくいように,わかりやすく整備されたコースを作るのは,簡単ではないと思います.

 しかし,私のところに短期研修来られる若い先生とは,3か月くらい一緒に患者さんを見て,ああだこうだと話をします.それが緩和ケア医の方だったりすると,「今まで死にゆく患者さんやご家族と対話してきましたが,ぜんぜん違う軸で診ることができました」みたいに,体験をしていってくださるんですけれどね.

 どうシステマティックに教育体系を作ったらよいか,まだ答えを持っていませんが,私たちが学んでいるこの視点が広まると,医療は変わるぞという自信はあります.

―――空気を肌で感じるのがよいということでしょうか.

 DSMなどに記載のある表面的な症状ではなく,無意識とか,力動って言ったりしますが,「あの人は,ああいうふうに感じているからこういう態度を取ったんじゃないか」といったように,無意識を言葉にすることに触れる,という感じですかね.

 理解をするための基礎知識も,多少は知っておいたほうがいいと思いますが……私自身,精神分析のセミナーを2年ぐらい受けてみましたけれど,「沼」みたいな感じです.役に立つ考えがたくさんありますが,体系的に整備がされているわけではない.本当に沼みたいなところで.

 むしろ,この間,薬剤師さん向けの本を書いたのが,私なりのひとつの到達点になっています.今まで試行錯誤してきたことが言語化できたことをうれしく感じています.ただ,体系化できる部分と,言語化できない部分とがあると思います.まだ私の中でも,混沌としているのかもしれないですね.

 

―――逆に,腫瘍精神科に進みたい方が学んでおいたほうがいいことってありますか?

 腫瘍精神科医が持つスキルの要素としては,3つあるんじゃないかと思います.

まず,がんという病気をわかっておく必要がある.これは,がんの専門病院に勤めれば精神科医の立場でもおおむね学べますが,内科医や外科医の視点で知っておくとよいかもしれません.また,二番目として,精神医学の体系を知っておくことも大切です.そのためには精神科の専門医は持っておくほうがよいでしょう.精神医学のロジックががん患者には当てはまらないことが多いとは言いましたが,しかしその体系を知って当てはまらないと理解するのと,知らないのとでは全然意味が違います.そして,最後がコミュニケーションといった心理の部分.この部分がこれまでお話してきたグレーの部分で,まだ整理しきれないほど奥深い.

ご質問に答える形で,いろんな話をしましたが,精神腫瘍学は,科学になりにくいし,精神医学の体系からも外れると聞くと,それはじゃあなんなんだ?と思われるかもしれません.しかし,精神腫瘍学に限らず,現代の科学では答えを出すのに限界がある医学の部分もたくさんあると思います.たとえば,臨床倫理などもそうでしょう.

そして,精神腫瘍学のポジティブな点を挙げるとすると,死を前提に見据えて生を考えるという,人間の根源的なテーマと日々向き合う作業ができることです.科学という形で証明はできないかもしれませんが,自分の中にある程度確信を持つことはできるでしょう.また,内科学や外科学そのものは自分自身が生きる指針になりませんが,精神腫瘍学は,その実践そのものが自分自身の人生の深まりに直結すると感じています.

精神医学にはさまざまな領域がありますが,そのなかでも特に普通の人が生きるうえで悩む人生相談に,説得力がある答えができるようになると確信します.つまり,社会的なニーズに応える力がつくんです.

総括すると,人はなぜ生きること,幸せや苦しみ,生と死について,徹底的に考えることができる,とても魅力的な学問だと私は自負しています.

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