『がんユニ』病理医・笹島先生とのお話。

※毎週火曜日、書籍『がんユニバーシティ』で行ったインタビューの、「編集中の原稿」を全文公開します。書籍版ではここから大幅に編集をし、各先生方からの寄稿をはじめとするたくさんの文章をコラム的に散りばめて、一冊の本にまとめます。このブログでは、インタビュアー(市原)が興奮し続けた「生の雰囲気」、編集前の原稿だけが持つ猛烈な(ちょっと読みづらい?笑)エネルギーを味わっていただきたいと思います。

科目名:       がんを深く観る―がんの診断と登録

講師:           笹島ゆう子先生(帝京大学医学部病院病理部教授)

テーマ:       がん病理診断~ガラスの向こうにいる患者さんを観る~

学期:           1年後期

Q & A

Q1. 笹島教授のご専門と,お仕事の内訳をお教えください.これまでのお仕事の中で,「がん」に関するものはどれくらいありましたか.

A1. 仕事のメインががんです.

私の専門は診断病理学です.専門領域は,婦人科腫瘍の病理診断ですので,仕事のメインががんです.

Q2. 笹島教授にとって,がんに携わるとはどういうイメージでしょうか.これまでのお仕事の中で,記憶に残っているエピソードなどがあれば,差し支えない範囲でお聞かせいただければ幸いです.

A2. がんに携わるにあたって,「伝え方」が重要だと感じています.

昔,がんセンターで同僚だった産婦人科のI先生は,私の病理診断をすごく信頼してくれていました.彼は,がんセンターを辞めたあと,別の病院に移ったんですけれど,オペが非常に上手なので,患者さんがいっぱい付いていきました.

そのI先生が,あるとき,1枚のプレパラートを持ってきました.30代後半の患者さんの,子宮内膜です.この患者さんは,他院で病理診断をされて,「あなたはがんですから子宮を取らないといけません」と言われたそうです.けれども,何とか子宮を取らない方法はないだろうかということで,I先生のところに駆け込みました.I先生はご自身でプレパラートをご覧になって,「確かにがんかもしれないけど,なんかちょっと,まだ異型(※正常細胞からの形態学的なかけ離れの度合い)が弱いような気がする」と思われて,私に相談をされました.

私はプレパラートを見て,確かにこれは,異型増殖症にするのか,がんにするのか,意見が分かれるだろうと思いました.悩むやつなんです.これをがんって言う人もいるかもしれない.しかし,がんって言っちゃったら,その患者さんは子宮を取られちゃうわけです.

私は,「これはすごく難しいけれども,異型増殖症と判断して,ホルモン療法をトライする価値があると思う」と,I先生に話をしました.そうしたら,彼はホルモン療法をやってくれたんです.ホルモン療法によって,ばーっと内膜が剥がれた.ところが,残念ながら,フォローアップ中にその患者さん,来なくなっちゃった.どうしたかなって心配していました.

2年くらいたった頃,I先生のもとに,患者さんが赤ちゃんを連れて現れました.「あのときI先生に相談してなかったら,この子はいなかった」ってあいさつに来たそうなんです.I先生はすごく感激して,すぐ私に知らせてくれた.

もしあのとき私が見て,「絶対がんだ」と判断していたならば,それは仕方ないことですけれど,子宮は摘出されていただろうし,この赤ちゃんが生まれることもなかった.難しい局面でプレパラートを見て,ああいう「伝え方」を選んだからこそ,その子が生まれたのかと思うと,やっぱり伝え方ってすごく重要だなって思ったんです.

Q3. 笹島教授がこれまでに出会われた,がん医療従事者やがん研究者の中で,印象的だった方はいらっしゃいますか.

A3. 泉美貴先生のプレゼンテーションは,人を惹きつけます.

 最初に出会ったがん研究者は,森茂郎先生(東京大学医科学研究所病理学研究部教授(当時))です.彼は,本当に寝る間も惜しんで研究をする人で.突拍子もないこともいろいろ思いついて,みんながそれに踊らされるなんてことも,なくはなかったですけれど.

 これまでに出会った,特に女性の病理医は,皆さんコミュニケーションがとてもお上手でした.たとえば,泉美貴先生.私がプレゼンテーションを作る際に目標にしているのは,泉先生のプレゼンテーションです.圧倒的にわかりやすくて,惹きつけるんです.

Q4. がんの病理診断にあたって求められる,専門性や職能(スキル)は何でしょうか?

A4. 形態解析と分類,そして伝達の能力.

 形態認識をして,それを解析し,患者背景を考慮して,必要に応じてふるい分ける能力.そして,病理診断用語を正確に用いて,言葉が主治医に与える影響に配慮しながら,的確に伝える能力です.

Q5. 医療従事者や研究者が修める,「がんの学問」(がん学)を想定します.それはどのような学問体系でしょうか.

A5. えっ,難しいですね.あまりにも広すぎて.

哲学とか数学とか,医学もですけれど,学問というのは「人間の幸福のために」学ばれてきているわけですよね.だとしたら,なにかしら幸福になるために,がん学を修めるということになる.

だとすれば,「がんの本質」を教えることになるでしょうか.あるいは,「がんにどう対応していけばいいか」? でも,あまりにも広すぎて,難しすぎますね.

私が「がんに相対する」ために何を学びたいかと考えると,そうですね,繰り返しになりますが,「がんを知って,自分の言葉にして,伝える」こと.つまりは伝え方を学ぶということになるでしょうか.具体的にどういう学問になるのかはよくわからないですけれど.

Q6. 「がん学」を修める学生や,「がん学」を学生に教える指導者たちが,心に留めておくべき「勘所」はありますでしょうか.

A6. がんは横糸の一つにすぎない,ということかもしれません.

がんを特別なものと感じているのは,どちらかというと,医療従事者というよりも,非医療者,一般の方々かなと思います.

病理学総論では,さまざまな疾病・病因を学ぶにあたり,先天性疾患があり,炎症があり,感染症があり,循環障害があり,そして腫瘍がある.がんというのはたくさんの横糸のうちの一つです.そこに,「臓器」という縦糸を想定することで,縦横の糸で編まれた病理学が浮かび上がってきます.

つまり,医療者,特に病理医からすると,がんというのは「疾患の横糸の一つ」にすぎないわけです.となれば,一般の方々と医療従事者の間に立っている医学生たちには,「がんは横糸の一つなんだよ,生物学的にはこういう現象で,遺伝子異常の仕組みはこういうようになっていて,臨床的にはこう考えられる」ということを噛み砕いて伝えて,冷静さを持ってもらう.あくまで一分野であるということを忘れないということかもしれません.

Dialogue

<よっしゃ,東京>

――ありがとうございました.笹島先生の来歴をおうかがいしてもよろしいでしょうか.

 基礎研究者になりたかったんですよ,私.

きっかけは大学4年のときです.私は生まれも育ちも群馬で,大学も群馬大学でした.バブル期でしたから、高校のときの友達はほとんどがきらびやかな東京とか都会に出ていくのに,どうして私だけが群馬に残ってくすぶっていなきゃいけないんだという気持ちがずっとありました.基礎配属のときに,たまたま群馬大学の薬理学教室が「ちょうど今,世界的に大事な仕事をしているので当教室では学生を受け入れる余裕がない.だから,その代わりにといってはなんだが,東京にいる自分の知り合いのところに学生を紹介してやる」といって,「東京枠」というのを作りました.東京と聞いただけで,私は「よっしゃ,東京!」ってなって(笑).

――気持ちとしては,もう,即,東京に行こうと.

 

 そうです.それで紹介されたのが,東大医科研のウイルス感染研究部というところでした.パラインフルエンザウイルスの研究をしていた渋田博先生という先生がいらっしゃって,DNAを扱わせてもらったりして.その先生はとってもかっこいいイケメンで渋い先生だったんですけどね.彼が「この研究では,われわれが世界のトップにいるんだ,トップランナーなんだ」っておっしゃったことに,もうすっごいくらくらきまして.よし,私も研究者になりたいと.

――しびれますね.

 はい,身の程知らずっていうやつですけれどね.アーリーエクスポージャーってすごいなと思います.あれがなかったら,たぶん,私,病理医になっていませんので.

――基礎配属の前には,研究も病理もぜんぜん考えていらっしゃらなかったんですね.

 私はもともと,祖母の代からの開業医を継ごうと思っていました.女ばっかり3人の長女で,子どもの頃から,医学部に入ることは運命付けられていたような感じでした.父の跡を継いで開業医になるなら,地元の医学部に行くのが一番いいだろうっていうことで,敷かれたレールの上をそのまんま行って,地元の医学部に入り…….

 基礎配属が終わって,卒業までは2年くらいありましたが,やっぱり東京に行きたい,もうちょっと勉強したいと思いました.そこで父に「東大の大学院に行って,基礎研究・基礎医学を勉強したい」と言いました.父は能天気で,大学院の4年が終われば当然群馬に帰ってきて普通の医者になるだろうと勝手に思ったらしく,快く家を出してくれました.

卒業してすぐ,東大医科研の森茂郎先生の所で大学院生になりました.

<ちゃんと社会貢献>

 ちょっと話が戻るのですが.医学部の5年のときに,ちょっとこう,恋愛に陥りですね…….6年の夏に婚約.卒業してすぐ結婚.大学院時代に子どもを産みました.すると,子育てもしないといけない.ただ,基礎研究って,子育てと両立するのは無理だなと,私は思ったんですね.

 私がいた森茂郎先生の教室には,PhDばかりがいらっしゃるんですよ.その中で生き残っていくのは非常に大変で.

 大学院を卒業して,1年間はぶらぶらと在籍させてもらったんですが,私から森先生に,「この世界で生き残るのはちょっと無理だと思うので,学位もいただいたし,これを機に家庭に入ろうと思います」って言いました.

 そうしたら,森先生から,「君を医学博士にするまでに,一体,国民の血税がいくらかかってると思うんだ」と言われました.「お前,医者になったんだから,もっとちゃんと社会貢献しなきゃだめだ」って,本当にひどく怒られて…….

 「せっかく君,医師免許を持ってるんだから,病理診断だったら何とかできるんじゃないか」みたいなことを言っていただきました.病理医なら当直もないし,ベッドフリーだから,自分のペースで子育てしながらできるってことで,当時の関東逓信病院(現:NTT東日本関東病院)を紹介してもらったんです.そこが,私の病理診断人生の始まりです.医者になって6年目でした.

医科研では悪性リンパ腫の研究をやっていましたが,DNA,RNA,タンパク,それしか見ていなかった.組織診断の勉強なんか一回もしたことがないまま,顕微鏡診断をはじめました.

好中球はこれ,形質細胞はこれ,そういうところから.

当時,ご指導くださったのが,泉美貴先生です.「プラズマセル(形質細胞)の五つのお願い」ってのを覚えなさいと.

――プラズマセルの五つのお願い,ですか.

プラズマセルの特徴五つ.エッグシェイプ,偏在核,抗塩基性の胞体,車輻状の核,そしてperinuclear haloをちゃんと言えるようになりなさい,ということです.私の形態学はそこからです.

3年ほど,ジェネラルなトレーニングを続けていたのですが,あるとき,昭和大学に助手のポストが空いたから行かないかと言われました.

 ――大学からのオファーですね.

 かつて,東大の医科研にはPhDがたくさんいらっしゃいましたけれど,助手とか講師といった定まったポストになることがすごく大変そうで.みんな,ポスドク,無給,そういう感じでした.それを見ていた私も,大学のポストを得るってすごく大変なんだということが身にしみてわかりました.ですから,NTTで病理のトレーニングをしながらも,将来はどこかの大学の助手になれたらいいな,という夢があったんです.

 そうしたら,昭和大学で助手が空いてるよ,と.いいんですか私で,みたいな.あっという間のできごとでした.

 ――人事のタイミングって不思議ですよね.

 そうですね.医学部を卒業したあと,最初に立てた目標である「大学の助手になりたい」が,9年目くらいで達成できてしまった.次にどうしたらいいのかわからない,っていうか,目的がなくなっちゃって.

 昭和大学に移って2年……いや,2年も経っていないくらいのところで,急に森茂郎先生から連絡がきました.「これから言う話は,右から左に流してくれて全然構わないんだけど,僕の恩ある先輩の垣添先生から来た話でね.がんセンターで人を探しているんだけど.いいかい? 一応言ったよ」って(笑).

別に気にしなくていいからね~,みたいな感じだったんですが,当時の私は……昭和大学でぬくぬくしていました.居心地は良かったですけれど,秘書の方と毎晩飲みに行ったり(笑),こんなぬるま湯に浸かっていていいんだろうか,という気分だったんです.なので,「それ,行きます,私でいいんですか」と.

さらに,ほとんど同じくらいの時期に,当時国立がんセンターのスタッフだった福嶋敬宜先生から,「年度内にがんセンターを辞めて留学するんで後任を探しているんだけど,どう?」という話が来ました.

――がんセンターへのオファーが,二つの方向からかかったんですね.

ええ.福嶋先生に,実は森先生からもそういうお話をいただいていますとお答えしつつ,これはやっぱり行ったほうがいいんだな,と決心してがんセンターに行きました.

<待てるがん>

――昭和大学まではジェネラルに診断されていたわけですが,がんセンターでは腫瘍の診断がメインとなったと.あそこにいると,サブスペシャリティも定まりますよね.

 そうです.がんセンターにはそのときたまたま婦人科を専門で見る人が少なく,「婦人科やってくれない?」と言われて,「いいですよ.私,学位は悪性リンパ腫ですし,昭和大学の諸星利男教授のご専門は膵臓でしたけれど,婦人科ならいいですよ」とお答えしました.

――そうやって,婦人科腫瘍の専門家・笹島先生が誕生されたわけですね.先程ご質問させていただいたQ2とも少しかぶりますが,がんという病気の病理診断については,どのようなイメージをお持ちでしょうか.

そうですね…….

がんっていうのはそもそも何なのかということを,いつも思っています.それはもう医科研の頃からずっと.医科研で悪性リンパ腫の研究をしていたころ,サザンブロット法で免疫グロブリンの再構成を見る技術が世に出始めていました.DNAを検体から抽出して,サザンブロットのタワーを積み上げて,一晩かけてメンブレンフィルターに転写して,みたいな.

再構成されたDNAのクローナルな増加があれば腫瘍と判断するわけですが,それが果たして正しいことなのか,ということをずっと考えていました.今も疑問に思っています.

人間の体において,自律性増殖をするものが腫瘍であると,私たちは習うわけですけれども,遺伝子に変異があればイコール腫瘍なのでしょうか.たとえば婦人科領域でいうと,endometriosis(子宮内膜症)だって遺伝子変異があるわけです.

「どこからががんなのか」っていうのは,本当はわかっていないんじゃないか.サイエンスにおける分類というのは思ったよりあいまいで,私はいまだに,そこについてはよくわかりません.

がんの診断において,病理医である私ができることは,細胞の配列や,乱れ,変化を「言語におきかえる」ことだと思います.それも,臨床がこの先どのように対応すればよいかを念頭において.それが私のやっている病理診断というものじゃないか,というふうに考えています.

――臨床から,分類の要請があるということでしょうか.

そうです.たとえば,卵巣の境界悪性腫瘍を例に挙げてみましょう.GI(消化器領域)の人に言わると,こんなのがんだろ,みたいに言われます.けれど,婦人科領域では,low-grade malignancy(低悪性度病変)とみなしたものは,臨床的には「待てる」んです.卵巣の境界悪性腫瘍は,待てる.

なぜか.婦人科で扱う臓器というのは機能性臓器で,卵巣や子宮を取るか取らないか,妊孕性を温存できるかできないかというのは,患者さんの人生にとって,すごく大事なことですよね.だから,「待てるかどうか」という臨床的な価値観が,境界悪性という病理診断の言葉の中に込められているのです.

若い女性の卵巣腫瘍.GIの細胞判定基準でいえばがんだ.でも,ここで卵巣がんと判定したら,内性器全摘するのが当たり前になります.しかし,境界悪性と診断すれば,病巣だけ取って,しばらく様子を見て,「待って」いる間に,妊娠・出産をすることができます.

――がんの診断には,細胞だけで定義するのではなく,医療や社会,人間生活といった分野とのすり合わせがあるということですね.

はい,そうです.二分法でいうならば,境界悪性腫瘍は悪性に含まれるかもしれない.けれども,悪性度が低いのであれば,強力な治療をせずに待つことができる.もちろんこれは主観で決めているわけではなくて,疫学データがきちんとあって,組織形態学的にこの範囲であれば「待てる」という蓄積があるわけです.組織学的にその範囲を越えてしまえば,妊孕性は温存できない.ごめんね,と言わざるを得ない.

<ガラスの向こうに患者を見て,伝える>

――がんを,炎症性疾患や変性疾患のような「がん以外の病気」と比べると,なにか違いはありますでしょうか.

今,私が対象としているものにがんが多いことは事実ですが,がんだからといって特段違うものが立ち上がってくる,というわけではないかもしれません.

ただ,そうですね…….

私は,病理診断をするとき,よく若い人に,「ガラスの向こうにいる患者さんを見なさい」ということを,ちょっとかっこつけて言います.「この患者さん,三十何歳で,結婚したばかりで,でも不正出血があって」.ここで私ががんと言ったら子宮を取らなきゃいけなくなるかもしれない.

さらには,たとえば七十五歳の人に内膜肥厚があって,三十何歳の人と同じような像が出ていたとしたら,それはほぼがんなわけです.すぐオペしてくださいくらいのことを言わなければいけない.常に,細胞像だけではなく,患者さんのことを考えたい.がんというのは,そういうところに連想が及びやすい病気かもしれません.

――笹島先生がそのようにお考えになるまでに,どういう積み重ねがあったのでしょうか.

本を読んだから,みたいな理由ではないように思います.ひとつひとつの症例が影響したということもあるかもしれませんが,それだけでもないようです.おそらく,自分が病理診断をして産婦人科の先生方とディスカッションをする過程で,今回はこういう方針にしましたとか,今度こんな感じの患者さんがやってくるんですよといった状況を聞く機会が多く,そのたびに産婦人科医のわかりやすい言葉で説明をしようと心がけるようになります.そうしていくうちに,涵養されてきた.

――ただ性状を評価するのではなく,「伝えること」の重要性ですね.伝えようと思ったけれど伝わっていなかったかな,とか,今のは伝わったかな,というのを繰り返すと,自分が用いる言葉も少しずつ変わっていくのでしょうか.

変わってきます.先生もそうじゃないですか? たとえば講演とか,学生への講義とか,そういうものの中でも,伝え方を毎回工夫するようになりますよね.それでも,まだまだなんですけれど.

 たとえば,子宮頚部のLSIL(low-grade squamous intraepithelial lesion)とHSIL(high-grade squamous intraepithelial lesion)の違い.いままでCIN(cervical intraepithelial neoplasia)の三分類で診断されてきた人に,現行のLSIL/HSILの二分類法をどう説明するのかって,すごく難しいんですよ.

 CINのNはneoplasiaですから,CIN1, CIN2, CIN3というのは要はぜんぶ「腫瘍」を分類したものである.しかし,LSIL/HSILの分類において,LSILというのは感染性病変で,HSILは腫瘍性病変です.だから,一般に勘違いされているような,CIN1=LSILと読み替えができるものではない.CIN1, CIN2, CIN3というのは,本当は全部HSILなわけです.

 そんなことをつらつら考えていると,結局,「腫瘍って何?」「がんって何?」というところに,また戻ってきてしまう.

 ただ,そこの真理を追求するのは,私の仕事ではない.LSILかHSILかを見極めて,それを「伝える」ことが,私の仕事だろうと思っているのです.

<報告書は,わりとすっきり>

――がんを診断するというのは,一般には「真実を明らかにする」みたいなイメージで語られると思うのですが,思った以上に「伝える」ということが大事というか,背中合わせというか,表裏一体なのですね.

 そうですよね.

 ところで私,病理診断の報告書は,多くの場合,割とすっきりしているんですよ.

――言葉の量で伝えようとしているわけではない,と.

 というか,私がすっきり短く書いているときは,その病理診断には問題がない.だけど,私が報告書にいろいろ長く書いているときは,臨床医たちは何かを感じて,みんな一生懸命読んでくれるんです.

――前に,似たような話を聞いたことがあります.「あの病理の先生がこれだけ書くってことは一大事なんだな,と思って,電話をする」みたいな…….

 ああ,それは,がんセンターで一緒だった蔦幸治先生の話じゃないでしょうか? 蔦先生は自覚はされていなかったようですが(笑),内科の先生が,「蔦先生がさらっと書くときは簡単な診断.でも,ごちゃごちゃ長く書いてたら難しいに決まってるから必ず電話をかける」と.

 やっぱり,顕微鏡診断っていうものが,微妙なところで成り立っているということを伝えるのは,すごく難しいです.

 ――そのような病理診断の難しさを,笹島先生は研修医や専攻医にどのように教えていらっしゃるのでしょうか.

 まずはその場にいてもらう.何をやっているかを見て,見様見真似で同じことをしてもらう.昔ながらのやりかたですけれど.

 迅速が来たから一緒に見ましょう,切り出しは今日はこの先生の当番だからそこについてやってみてくださいという感じです.私が育てたいのは,実践的な病理医なので,リズムを体で覚えてほしい.

 今,乳腺の迅速を見たよね.ではこの乳癌の勉強をしてごらん.センチネルリンパ節の意味ってなんだっけ,それもちょっと勉強してみよう.

 最初は一日一件とかです.それをだんだん増やしていく.半年も経つと,一日10件とか,週に20件とかが診断できるようになる.

 ――それは……そうとう頻繁に声をかけていらっしゃいますよね.

 声はかけないといけないですねえ.

 ほかにもいろいろな良いやり方はあるんだと思いますよ.もっときちんとした教育プログラムを作っているところもたくさんあると思うし.

 ――ここまでのお話をうかがって,ふと思ったのですが,「病理診断を学ぶための,きちんとしたプログラム」って,あり得るんでしょうか?

 そうですね……あり得ないかもしれません.あり得ないというか,日常診断をやるにあたって,「体系だったプログラム」を組むのは難しいと思うんですよ.もちろん,専門医試験前に,悪性リンパ腫なら悪性リンパ腫,婦人科腫瘍なら婦人科腫瘍を,体系的にダーッと勉強する期間は必要だと思いますけれど.それは最初にやることではないんじゃないかと.

診断というのは,臨床との間にある記号です.やりとりをするための.境界悪性という言葉が,「真実」を表すのかどうかは,基礎学問としてはともかく,臨床とは別の問題です.境界悪性という言葉を付けることによって,きちんと伝わって,臨床はそれに適切な対応ができるということ.そこをきちんと伝えられる診断というのが,私の目指す病理診断であり,若い人たちに学んでほしいことでもあります.

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