22|11
「立ち会い切り出し」という仕事がある。立ち会うのは外科医。切り出すのは私。
外科医が手術でとってきた検体を、病理医である私がナイフで切る。私は病変を確認し、どの部分を顕微鏡標本にしたら診断がスムーズに進むかを考えて、組織を切り出す。この作業が「切り出し」。
胃がんを例にあげる。まず、外科医は、自ら取ってきた胃を切開・展開してコルクボードに貼ってのばして、昆虫標本のごとくにホルマリン固定するところまでを担当する。その後、ホルマリン固定が終わった臓器は、病理医の手にわたる。がんのある場所をしっかり写真撮影し、割を入れ、割面を観察する。色調やキメの違いから異常を認識し、病変の広がりや沁み込みの度合いを判断して、プレパラートにする部分をピックアップして文字通り「切り出す」のだ。
切り出しは病理医の仕事。ただし病理医が臓器を切るとき、それを見たがる医者がいる。その筆頭が外科医だ。病理医の切り出しはほぼ毎日行われるのだが、週に一度、手術のない日には、外科医は切り出しを見学しにやってくる。
自分で手術に入った患者の臓器を、自分の目で観察しておきたいという気持ちはとてもよくわかる。ただこれは、「記念に見たい」というようなモチベーションによるものではなくて、「手術の前に病気のひろがりがだいたいこれくらいだろうと予測したのは合っていたのか、間違っていたのか」を確認するという実務的な目的がある。
で、前置きが長くなったのだけれど、私はこの「外科医立ち会いの切り出し」を毎週楽しみにしている。自分の取った臓器を見ながら語る外科医の話はおもしろい。そして勉強になる。自分の眼前にある臓器が、体の中ではどういう感じでおさまっていたのか、ここに今こうして見えている病気を外科医たちはCTやMRIなどでどのように観察して推測していたのかなどをたずねて、実際の臓器と照らし合わせる作業はアトラクティブである。話すことがいっぱいある。立ち会い切り出しは病理と臨床の交差点だ。ここで勉強したことは数しれない。
今日の外科医は、立ち会い切り出しをはじめて見学する研修医に向かって、「ほうら、この病理医はめちゃくちゃしゃべるんだぞ。めずらしいだろう」と、博物館の解説員のように私のことを説明していた。人を珍獣扱いしやがって。