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本郷三丁目は秋の気配がしていた。ゆるやかにカーブする道をてくてく歩いて医学書院。何度目だろうか。五度目くらいだろうか。ここを訪れるのは今日でひとまず最後である。札幌で五名、首都圏で十二名のインタビュー。学会総会の会頭たちや、専門施設の大エースなど、錚々たるメンバーに会いに来てたくさんの話を聞いた。その最終回が今日である。
萩野先生に会う理由をずっと探していた。しかし実際にお目にかかれるとなったとき、きっかけが「がん」だったというのは、なんだかこちらの都合に合わせていただくようで、ちょっと気も引けた。思う存分、萩野先生のご専門のド真ん中をがっつりと、あるいは逆に、はしっこの、縁辺の、マージナルな部分をキワキワに、お話ししてもらえたらという気持ちもあった。
しかし「がん」というテーマでかえってよかったのかなとも思う。私の興味の最奥部を、萩野先生があっという間に探り当てて猛スピードで突破して、周りの壁をがんがん破りながら新しい光や水を中に注ぎ込んでいくところを、私は階段教室の最前列でじっくりと拝聴することができた。
じつに幸せな時間だった。
私は手を組んだり足を組んだりした。脳以外に気配りをできない時間、私は落ち着かず、ずっといろいろ考えていた。帰りの飛行機を待つ間、飛行機に乗っているとき、空港から家まで移動する道すがらも、ずっと萩野先生が教えてくださった本を読んでいた。
担当編集者のHさんがいそいで文字起こしをする。1か月くらいかかる。あとは私の仕事だ。本を作る。本にしていく。本が出る!
ついに出るぞ。がんユニ。目標は来年の4月だ。
たくさんの先生方にお話しいただいた内容の、ぜんぶを本に掲載することはできない。残念ながら、紙幅の都合でカットせざるを得ない部分がある。しかし、今回、私は全員に確認をとり、医学書院にもOKをもらった秘策がある。
このブログ「がんユニ」に、インタビューの全内容をすべて掲載するのだ。
つまり本には「一部しか載らない」のである。ふつうは「ウェブで一部を公開、完全版は書籍」とやるのだろう。あるいは、「ウェブ(無課金)では一部、ウェブ(課金)で全文、書籍はさらにおまけのコンテンツ含み」とかやるのだろう。でも私はその逆をやろうと思った。
そんな商品が成り立つのか? と思わなくもないが、なんとなく、ものすごく成り立つと思う。
「編集して読みやすくなったもの」を商品として出す。本全体から、単なる17本の記事だけではない、17000本分くらいのイメージがぶわっと飛びかかってくるような、そういう本を私は作る。
その本の素材となった、荒く猛々しい「会話の熱」に関しては、ウェブに余すところなく載せる。それはきっと読みづらいものになるだろう。スクロールバーなんかミジンコくらいのサイズになるはずだ。
釣ったばかりの魚をそのまま焼いて食べられるスペースが、港の一角にあるといい。ほっとする。それはそれとして、潤沢な素材をきちんと下ごしらえし、軽く味を乗せたり表面をあぶったりしながら、酢飯に乗せてほどよいタイミングでおいしく提供する、回らない寿司屋のもてなしみたいなものをご用意して、そちらではきちんとお金をとろう。
この企画に賛同してくださった皆様に感謝する。そして、萩野先生になんとかして会えないかと思っていた2年半前の自分に、「うまくいったぞ、よかったな」と、寿ぎのメールを送りたい。私は私の機嫌をとることができた。なんともありがたい話である。

