※この原稿は完成した書籍には載っていません。私が本書『がんユニバーシティ』というインタビュー本を着想した際、医学書院の企画会議を通すために「見本原稿」みたいなものがあるといい、と言われたので、架空の病理医(Dr. Yandel)にインタビューを刊行し、原稿を作製しました。たしか1日くらいで書いたと思います。さきほど本書の企画を振り返っていたら、その見本原稿が出てきたので、ここに特別公開します。なお、赤マーカーは企画会議用の注釈です。企画の最初はいろいろ図でも遊ぼうと思っていたんだったな、と思い出します。その後、あまりにインタビュー内容がよすぎて、余計な図とかいらんわ! という気持ちになりました(でも寺本先生にだけは描いてもらった)。
No. X
科目名: 内視鏡画像・病理対比学
講師: Dr. Yandel(Dept. of translational pathology, Twitter University Medical Hosp.)
テーマ: (なにか講師ごとに科目名とは別にテーマを決めるといいかなと思っています)
単位: 2単位
学期: 3年後期
講師略歴(注:もちろんぜんぶ嘘です。所属団体も架空です)
Mixi大学卒業後,Facebook大学病院第1内科にて消化器内科医・消化管内視鏡医として勤務.医師10年目にTwitter大学医学研究院比較病理学講座博士課程に進み,消化器内視鏡のNBI拡大観察像と病理組織像の対比を研究.博士号取得の後は,Twitter大学病院病理診断科にて病理診断医として勤務しつつ,内視鏡専門医も維持しており,消化器内科系の学会で内視鏡画像と病理組織像とを対比して解析を行うことをライフワークとしている.現在,大日本拡大内視鏡研究会世話人,超音波形態診断研究会理事,画像病理対比研究会代表幹事.
1. インタビューにより作成した原稿
Q1. 日頃,どのような「がん医療」に従事なさっていますか?
インタビュイーによっては「がん医療」ではなく「がん研究」について訊く
A1. 病理診断,および病理学研究です.
消化器内科時代はがん以外にもさまざまな疾病の診療に携わっていましたが,現在は大学病院の病理診断科で病理医として勤務していますので,内視鏡を握っていたときとはがん医療との距離感がだいぶ変わりました.病理診断を行う検体の多くはがんにまつわるもので,職務内のかなりの比率を占めます.
ちなみに,がんの病理診断といってもいくつかの種類があります.たとえば,内視鏡医が病変を発見したときに生検によって組織型を確定する「生検診断」と,外科医が臓器の一部を切除したときに取扱い規約などに基づいて病期を含めた病変の評価を行う「切除検体診断」とは,同じことをやっているようにも見えますが,業務のスピード感や求められるスキルが少しずつ異なっているように思います.でも同業者にこれを言ってもわかってくださる方とわからない方がいて,人それぞれに診断時の脳の使いかたが違うのだろうなあと感じます(笑).
病理医といえば「病理解剖(剖検)」ですが,その数は近年では激減しています.さらに,剖検ではがんよりも神経変性疾患や膠原病,あるいは急死した患者の原因検索を目的として施行されるケースが相対的に増えており,「がん医療」としての病理解剖は思ったより多くありません.ただ,予想外の進行速度を示したがんなどを遺伝子まで含めて網羅的に解析するために病理解剖を行うこともあり,このような場合には検体の採取法に特段の注意が必要です.タンパク質だけを固定して保存すればよいのではなく,DNAやRNAなどの解析を見据えた処理が必要です.先日,造血器系腫瘍が経過中に別の組織像に転化したと思われた症例の剖検を担当しましたが,生前の骨髄生検検体と剖検時の病変とをそれぞれ病理学的に解析して,腫瘍の発育進展に伴う遺伝子変異の変化を捉えることができましたので,世界初の検討として論文化を進めています.
近年は,がんゲノム医療における検体管理や評価の仕事がかなり多くなってきました.ここ数年,多数のコンパニオン診断手法が林立し,保険診療で行えるがん遺伝子検査が複数存在しますので,病理医は癌腫ごとに複雑な外注検査を組み合わせて提出する必要があります.化学療法内科医は多くの遺伝子検査に精通していますが,一般的な外科医や内科医が化学療法を行う際には,病理医がきっちりサポートしないと適切な遺伝子検査までたどり着けないケースもあります.オンコマインDx Target TestマルチやAmoyDx,Foundation One,NCCオンコパネルなどの出検においてはFFPEブロックや組織プレパラートの質的評価が必須であり,「がんならどのプレパラートを提出しても答えは返ってくるだろ」という簡単なものではありません.また,外注検査に出して終わり,ではなく,エキスパートパネル(エキパネ)への出席も必要となります.
忘れてはいけないのは,診断の現場で得られる検体を用いたがん研究です.病院病理部に勤める病理診断医ではありますが,がん研究は主たる業務のひとつだと考えています.診断と基礎研究は別,と考えている医師も多いようですが,私は「診断と切り離さない基礎研究」に興味があります.診断の現場で得られたclinical questionから目線を外さずに行う基礎研究というのがもっと増えてほしいなと思っています.

図1 インタビュー中にYandel先生が描いた「がん医療という世界で自分がどこに立っているか」

図2 自身の仕事における「がん医療」の内訳
※自分の仕事におけるがん医療の「内訳」をグラフにする(インタビュー結果をもとに市原が作製してインタビュイーに調整してもらう)
Q2. 「がん学」を修めるにあたり必要な専門性や職能は何でしょうか?
A2. 「メカニズムを推測する力」かと思います.
「がん学」というか,「がん診断」においての話になりますが,がんという複雑な疾病のメカニズムを知ったうえで,それを診断という「ともすればチェックリスト埋めになりがちな作業」に反映して,疾病のタイムコースや病因論まで言及できる能力が必要だと思います.ただし,これはかなり専門性が高くて,診断を専門に,ある程度まとまった時間がっちりと訓練していないと,なかなかそのレベルには達しないと思います.治療もコミュニケーションもしっかりやりながら診断も極めるってのは,実際難しいですよ.
学生さんがときどき,「こんなにAIが進歩したら病理医の仕事はなくなるんじゃないですか?」みたいなことを言うでしょう.私はそういうのを聞くと,「診断が絵合わせと選択肢の穴埋めだと思っている人の典型的な勘違いだ」と思うわけです.診断とは,名前を付けて終わりという作業ではない.形態情報に時間軸を加味して,その疾病が今後どうなっていくのかを鋭く予測するための仕組みが診断です.
その……ほかの病理医はなかなか言えないでしょうから私が言ってしまいますけれども,「患者を診に行くヒマもないくらいに細胞をずっと見ている」くらいの意気込みで病理診断する人がいてもいいと思うんですよ(笑).いや,揶揄したいわけではなくて.ほとんどの医者は患者を診に行くべきです.それはそうだ.「患者じゃなくて病気を見ている医者」なんて最悪
ですからね.でも,医師の100人中99人が患者を大事にしながら病気のメカニズムをちらちら気にしているというのも,ちょっと不健全な気はしますよ.「病気のことだけ考えていないとたどり着けない,病理学の奥地」みたいなものをきちんと探検する人も必要なんだと思う.そうしないと,医療という巨大かつフラジャイルな複雑系を人がコントロールし続けることはできないんじゃないかなあ.

図3 自身が重視している「医師としての職能」の可視化
必ずしもこのとおりでなくてもいいが,本人が重視している「医師としての職能」を可視化するギミックを入れる(注:インタビュイーみなさんに送った見本原稿の中には最後までこれを残していましたが、結局やめました。仲野先生とかだいぶいい感じでしたが。)
Q3. 先生のご専門は病理学とのことですが、「がん医療」における病理学の役割をどう考えますか?
A3. 医療の実践にメカニズムという目線を持ち込むことでしょう.
あらゆることが「既知」となっている病気って,じつは存在しないんじゃないか,って思うんですよね.どこかに必ず未知の部分がある.糖尿病とか高血圧とか痛風といった,昔からあって散々研究され尽くされているような病気でも,臨床動態とか薬剤に対する反応とかで未解明の部分がまだまだ残っているわけです.
でね,既知の部分は過去の運用データをうまく使えば対処が可能なんですけれど,未知の部分については研究マインドが必要ですよね.事象があったらそれをよく観察して,「背景にこういうメカニズムが存在するんじゃないか」っていう仮説を立てて,それを数理統計的に,あるいは分子生物学的な手法も加味して,検証していく.そうやって少しずつ病気の未知の部分をひらいていかないと,診療ってのは前に進んでいかないと思うんですが,この「未知をひらく」行為は,病理学そのものですよね.観察して,解析して,仮説を立てて,臨床研究に使えるようなデータとして組み上げていく.これを現場にいる主治医が一人でやろうと思ったら大変です.だから病理医と組むんじゃないかと思います.
Q4. 「がん病理学」におけるご自身の経験を語ってください.
具体的な経験を必ず語ってもらう
A4. 誤診例の解析において病理学が力を発揮しました.
私はもともと消化器内科医だったのですが,自分の内視鏡診療に病理学を取り入れたことで世界がぐっと広がりました.きっかけはある「誤診例」です.とある患者の胃病変を私どもが診療することになり,ESD(内視鏡的粘膜下層剥離術)で切除をしたのですが,病変範囲を間違えており粘膜断端陽性になるわ,深達度も読み違えていて深部断端も陽性,しかも,ものの3か月で多発の肝転移を来して初診から5か月で亡くなられてしまいました.非常にショックだったのですが,その症例の病理診断を担当した病理医が,「今回の病変が内視鏡的に範囲も深達度も読みづらかったのには理由がある」と言って,プレパラートと内視鏡画像を照らし合わせて「答え合わせ」をしてくださったのです.
Q5. これからの病理医や病理学に期待したいことはなんですか?
A5. 病理医には,臨床医にとっての最高の「相棒」でいてほしい.
この先いわゆる「強いAI」が完成したとして,主治医にとって最高の「サポートデータ」を提供してくれるAIによって診療の現場ははるかに充実すると思うのですけれども,あらゆる疑問にドンズバで答えが返ってくる「だけ」だと,きっとヒト医師は不全感を抱えることになるのではないかと懸念しています.悩みを相談したときにその場ですぐに答えを言ってくれるAIは,たぶん,「言語化すらできない,モヤモヤとした悩み」には答えてくれないと思うんです(言語生成AIはそういう悩みも言語化してくれるのでしょうか).おまけに,AIが解析をしたものに対して,結局最後には主治医がひとりで責任を持たなければいけなくなるわけでしょう? 主治医ってどんどん孤独になっていくと思うんですよね.
だとしたらこれからの病理医には,「よき相談相手」でいてほしい.学問を究める人間として病院の中で存在感を発揮していただきつつ,「まだ疑問にすらなっていないモヤモヤ」を疑問として浮かび上がらせてくれるとか,主治医といっしょになって患者に対する責任を負ってくれるとか(笑),いや,ま,それは嫌がられそうですけれども,ヒト医師が現場にいなきゃいけない理由ってそういうことなんじゃないかな,と.
あとは……機械学習ってのはどこまでも「学習した結果を出力する」ものなので,未知をひらいていくものではない……はずですよね.病理学はいつでも未来を見据えていてほしいなあ.
Q1からQ4まではある程度決まった様式で全員にインタビューをし,その内容を「聞き手をほとんど出さずに」まとめる.その後,フリートークに相当する部分を対談形式で追加する.全編をフリートークにしてしまうとインタビュイーによってあまりに語られる内容が変わってしまうのではないかと思ったのでひとまずこういう形式にしてみました.※あくまで見本原稿です.
Dr. Yandelへのインタビュー 「はざまにあるものを見られる医師」
――Yandel先生ありがとうございました.先生は内視鏡医でありながら病理医でもいらっしゃるとのことで,やはり,両者を橋渡しするような視点でのお話しを多くしていただけました.
Dr. Yandel「そうですね.臨床と病理,両方の気持ちがわかりたい病理医でありたいとは思っています.ただ……」
――ただ?
Dr. Yandel「ただ,それは必ずしも『両方を経験するべきだ』という理屈ではありません.たとえば,私が内視鏡画像・病理対比を教わったTwitter大学比較病理の佐藤教授は,臨床のご経験は一度もないそうですが,内視鏡医以上に内視鏡画像に長けていますし,内視鏡医が知りたいであろう形態病理のポイントを的確にご指摘くださいます」
――佐藤教授はどのようにしてそのスキルを手に入れられたのでしょうか.
Dr. Yandel「以前におうかがいしたことがあるのですが,とにかくカンファレンスにすべてが落ちているとおっしゃっていました.拝見していると,内視鏡医が述べた診断基準やガイドライン,研究論文などについて,少しでもわからないことがあれば躊躇なくその場で質問をし,その内容をカンファレンス中にiPadにどんどん入力しているんです.御年60を過ぎていらっしゃるのですが,あのアップデートに対する姿勢には本当に頭が下がります.自分をアップデートするスキルが高い,と言ったらいいかもしれません」
――それは,臨床医の学ぶ知識を病理医側もどんどん吸収すべきだ,ということなのでしょうか.
Dr. Yandel「そうですね.ただ,どんなにがんばっても一人の人間には限界があります.病理学の勉強がおろそかになってもいけません」
――そうですよね.超人的な努力が必要だということでしょうか.
Dr. Yandel「いえ,そこがまた佐藤教授の偉いところなのですが,あの方は,他科の医師にまかせられるところはかなりまかせていますね.たとえばESDについての知識は相当お持ちですが,病理医はここまで知っていれば十分,というポイントでくるっと引き返すのがうまい(笑)」
――なるほど.
Dr. Yandel「なぜ医療をチームでやるのか,ということがよくおわかりなのだと思います.ひとりであれもこれも勉強しなければいけないというのはやはり理想論だと思います.しかし,専門性に分かれすぎた医療現場で,お互いのことを知ろうともしないまま,タテワリで自分の専門業務だけを粛々とこなしてしまうのもまたよくない」
――具体的にそういう失敗例がありますか?
Dr. Yandel「ありますね.たとえば私が内視鏡医だったころに,21歳の患者を担当していたことがあるのですが,この方の疾病が少々難しかった.症状はもっとずっと前からあったようで,私はlate-onsetのmonogenic IBDではないかと思ったのです.となると,小児科の医局と連携して遺伝子検索まで行くのが本来であれば望ましい.しかし,当時私がいた病院では,18歳以降の患者は原則的に(成人の)消化器内科が担当すべきとなっていて(ですから私の患者となったわけですが),小児科ほどmonogenic IBD検索のシステムが整っていなかったんですね.そして,当時の我々には,小児期に発症するmonogenic IBDの知識があまりになさすぎた」
――専門外に近かった,ということでしょうか?
Dr. Yandel「はい.しかしそこで専門外だからといって投げ出すわけにもいかないのが臨床です.………………」
2.Dr. Yandelによる寄稿「私にとっての病理学と、がん診療への思い」
インタビュイーには上記のインタビューベースの原稿をお渡ししたあとに,自分なりに補足,追加,あるいはインタビューによってアクティベートされた内容などを書き下ろしていただきたい.
インタビューでは語りきれなかった部分について,軽く触れさせてほしい.
先の円グラフにも図示されていたが,私の診療のいまや90%が「がん」にまつわるものである.さらに,私は今は病理医をやっているので,「病理学とは」という質問には「今やっている主たる仕事」として返答した.
ただし,私は自分自身をあくまで「消化器内科医の延長」だととらえている部分もある.日によって,あるいは時間帯によって,自分を病理医と考えているときと,消化器内科医と考えているときがあると言ったらより正確かもしれない.
そして,………
(以下,「がん学」と自分の専門性とのかかわりを中心に,5000字程度にまとめる)

