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ランチョンセミナー、略してランチョン、あまり好きではない。
本邦におけるランチョンは製薬会社や機器メーカーの広告の場であって(海外もほぼそうなのかなと思うが本来ランチョンという言葉はもう少し幅の広い概念のはずではある)、企業が提供してくれる広告費がなければ学会や研究会の運営はまったく成り立たない。TVのCMといっしょで、あったほうがいい/なかったほうがいいというレイヤーの話ではなく、不可欠なものであることは間違いない。かつ、製薬会社がみずからのプロダクトを説明する場として学会場で機会を得て自分たちの利得と副産物としての患者への恩恵について思いの丈を語っていくあり様自体は、まったく大賛成だ。「企業は医療従事者ではなく国家資格を持った我々(免許持ち)だけが医療従事者だ」という考え方は間違いであり、視野の狭い話である。もちろんメーカーだって医療従事者としての誇りと技術をもって仕事をしている。
私はランチョンを仕掛ける企業側が嫌いなわけではない。私が嫌いなのはそこにのうのうと座って弁当を食って寝ている多くの免許持ちどものほうだ。勉強もせずに。タダ飯を食い。内容は一切覚えていない。いや、うん、そういう人たちも日がな一日だらけて勉強していないわけではなくて、そもそもクソ高い学会の参加費を、きちんと払ってここに来ているのだから、学会に来ていない人よりもよっぽどまじめだし、そういう人たちが1日中気を張っていてもしんどいから、タダで昼飯を食っていいと言われているついでに少し体をだらけたモードにもっていくのが、すごく悪いことなのかといったら全くそんなことはないのだけれど。
いろいろ書いていて思ったが私はランチョンの概念・理念が嫌いなわけではなくてたぶん参加者たちの「顔」とか「表情」とか「背筋の伸び方」がなんかちょっと違うと引っかかってるなのだなと思う。しゃんとした理由みたいなものはない。
というわけで私はもうずいぶん長いこと、ランチョンの時間帯には学会場を離れて現地の居酒屋のランチなどで昼飯を済ます。そのほうがよっぽどおいしい飯が食えるし出張も満喫できる。ただ、問題は、自分がランチョンの講師に選ばれたときである。かつては「ランチョンというシステムが好きじゃないので講師もお引き受けしかねます」という内容を、学会の企画・担当者側にやんわり伝えていたのだけれど、オブラートで包むとほとんど全員だれも理解してくれない。ランチョンの講師を予定が合わない以外の理由で断る人なんてほぼいないのだろう。今はランチョンの講師もたまに引き受けてしまっている。メーカーの商品を用いた発表は私にはできない。病理医はそういうのを担当できる仕事ではないと思う。薬も使わないし機器も(顕微鏡や免疫染色装置などの例外を除いて)使わないからだ。したがって企業側に枠やらなにやらたくさんお膳立てしてもらっているにもかかわらず、私の講演を聞いた人はその企業に対するポジティブな感想を持つでもなくただ私の話だけをぼんやり覚えて帰っていく。こういう私の姿勢があらゆる人よりも終わっていると言われたらその通りかもしれないなということを近頃よく考える。今よりいい感じでやっていくために、私がどうしたらいいのか、よくわからないのだけれど。