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学会、研究会、市民向けイベントに立て続けに出席。それぞれ、がん、がんだと思ったけれどがんではなかったもの、がんを含めた医療情報の話をする。がん、もしくはがんの裏にあるもの、がんの逆にあるもの、がんの対偶にあるもの(?)ばかり話しているなあという感想。
しかし最近の私はしゃべりがへたになった。まるで講談師みたいだと人に言われるし、自分でもそう思う。そして、「そういううまさ」というのは、「そういううまさ」でしかなくて、情報をほどよくシェアするのには向かない。それは医療の専門家に対しても、非専門家に対してもである。患者側の人々は私の滑舌におどろくばかりで内容はちっとも頭に入ってこないだろう。医者のめんめんも私の言葉数にびっくりして内容をうまく精査できないだろう。「最近の私は」と書いたが、よく考えると私はもともと、しゃべるほうのコミュ障などと言われていた生粋の「相手のためを思わずにしゃべるタイプのオタク」だったのだが、それを意図して制御できるようになった……つもりだった。でももう今は制御できない。脳内風景を言語化しないと語れないし、言語化すると語りすぎてしまって結局複雑系の要諦がうまく相手に届かない。
本物の講談師があのスピードでしゃべってしかも内容を生き生きと聴衆の脳内に浮かび上がらせるというのは完全に「技術」だ。一方の私は単に「講談師のスピードでしゃべっているだけ」の一般人である。その差は大きい。直そう直そうと思っているのだけれど悪化するばかりである。やはり私は、もう、人前で何かを説明する仕事はあきらめて、PCに向かい続けるしかないのではないかと思う。患者と毎日話しをしている医者なんてのは、あれ、偉いなあ。私にはとてもできない。