取ればいいってもんじゃないけれど

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某科の専攻医がデスクをたずねてくる。学会報告したいので病理の写真を撮ってください。OKOK。どういう症例かたずねる。

かなり病歴の長い人だ。とある臓器の癌にかかり、手術して、直して、忘れたころにぽつんと再発。そこを直して、またしばらくして、再発。

癌という病気は、一般に、再発すると手術がしづらくなる。再発した時点で、全身のあちこちに癌がひそんでいることが多く、どこか一箇所・二箇所に再発したように見えてもそれはじつは「氷山の一角」であり、そこだけ手術で取ってもすぐまたどこかに次の癌が出てくることが多い。そういう局面では、手術という「その場を制御する戦い方」だと分が悪い。抗がん剤とか免疫チェックポイント阻害剤のような「全身を相手取る戦い方」を選ぶほうがメリットが大きい。

これはべつに理屈とか主観で言っているのではなく、実際に、そういう統計がある。

ただ、じつをいうと、臓器によっては/癌の種類によっては、次々再発する癌をその都度手術で取ってしまえばいいという方針もありうる。

さっきまでとは真逆の話だ。こういうことがあるから医者は言ってることがよくわからないと言われる。申し訳ない。

なんで? と言われても、「複雑系の出力結果がこの領域ではたまたまこうなるから」としか言いようがない。いちおう、病理学的に、「たぶんこういう理由で」というのはあるのだけれど、証明されているわけでもないのでここには書かない。

ともあれ。

「再発した癌を手術で取ったほうがいいとされるシチュエーション」においては、なんというか……一部の医療者は……ナイーブな話ではあるのだが、普段よりもわずかにテンションが高くなって、「取りましょう! 取りましょう!」というモードに入ることがある。やや入りがちである。ときどき入る。たまに入ることがある。

ちょっとだけ……「手術できるもんなら、したほうがいい」という気持ちが、交じる。

数字・統計・学問の過程を経て、患者に一番合った方針を慎重に考えることは大前提だ。その、考えに考え抜いた結果が、「手術OK」のとき、ほんとうにちょっとだけ、

(……よし!)

って気持ちになる。

私だけかな? そうでもないと思うが。わからない。外科医なんてのはかえって慎重かもしれない。

「次々と再発する癌をちょこちょこ取り続けている人」の学会報告。たくさん手術されている。病理に提出された検体がいっぱいある。それらを次々と写真に撮っていく。PowerPointに貼り付けて、それぞれの写真にコメントを付ける。

さぞかし大変な人生だ。

やっぱり、手術できたからよかったね、なんて言えない。そんな簡単な話じゃない。

でも、それでも、心のどこかには、手術できると聞いた瞬間に、(……よし……!)という感情が湧き出る。これはもう、申し訳ないが、反射みたいなもので、宿痾みたいなもので。

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