※毎週火曜日、書籍『がんユニバーシティ』で行ったインタビューの、「編集中の原稿」を全文公開します。書籍版ではここから大幅に編集をし、各先生方からの寄稿をはじめとするたくさんの文章をコラム的に散りばめて、一冊の本にまとめます。このブログでは、インタビュアー(市原)が興奮し続けた「生の雰囲気」、編集前の原稿だけが持つ猛烈な(ちょっと読みづらい?笑)エネルギーを味わっていただきたいと思います。
科目名: がん対策とがん病理診断
講師: 寺本典弘先生(四国がんセンター がん予防・疫学研究部)
テーマ: がん診療・がん登録・「がん」という疾病
学期: 1年後期
Q1. 寺本先生のご専門と,お仕事の内訳をお教えください.これまでのお仕事の中で,「がん」に関するものはどれくらいありましたか.
A1.がんの病理診断ばかりやっていることになっています.
がんの病理診断 (incl.カンファ,頼まれ研究etc) 60%
癌に関係ない病理診断 10%
病理科・検査科病理の運営 10%
愛媛県のがん登録関係 10%
自分の研究 1~5%
国のがん登録 (2023年からは随分減った) 2%
国立病院機構病理協議会や愛媛県臨床細胞学会の会長仕事など 7%
その他 1%
私はがん専門病院で病理医をしています.診断だけでもかなり楽しい日常です.がん専門病院で病理は大事.それはみんな口先だけじゃなく本当にそう思っています.だから,やりやすいですよ.
ワークエフォートってあるでしょう.研究に参加すると,「あなた,この資金をもらうときにワークエフォート何パーセントですか」って書かされる.そこで書くと結局,勤務時間のほとんどが病理診断をやってることになります.ただ,『何々機構』の提言書を書けとか,がん登録関係の提言書を書けといった書き仕事がいっぱいある.夜に書くか,うちで書くか,あるいは仕事をサボって書くか,一番効果的なのは空港のラウンジ.あれはいいですよ,ビールはあるし,筆は滑るし.翌日,しらふのときに削ればいいだけの話だから.
Q2. 寺本先生にとって,がんに携わるとはどういうイメージでしょうか.
A2. 病気の種類は少ないし,経験症例数は多いから,病理医としては『ラッキー』.
がん以外の領域がずっと広いなかで,がん専門病院でがんの診断だけをしていることは,ラッキーですね.「楽をしている」と思います.たとえば私は腎炎のことなんてわからないし.前にいた病院では,心筋生検とかも見ていたけれど,そのときの能力を活かすことは,ここ二十数年間で一度もない.割と甘やかされているとも思います(笑).でも診断件数が多いのはちょっときついかな.
たとえばがん専門病院では,特定のジャンルで偉くなりたいという志向を持つ人ならば,専門に研究して論文を書ける.また,偉くなるでもなく,もっとワケのわからないことをしようと思ったらそれもできる.やりたいことができますね.
『がん』っていうのを1ジャンルとして見てみると,医療全体を俯瞰するときに一番参考になるものじゃないでしょうか.がん以外の疾患登録事業のモデルになっているし,研究的にもどんどん進んでいるし,行政の医療対策としてもがん対策にはいろんな事例があるので全体が俯瞰しやすい「医療の縮図」になっています.がん対策があらゆる医療対策のモデルになっている,と聞いています.ほかの疾病の対策を考える際に,がん対策を参考にして作るっていうところもあるらしいですね.がん対策基本法ってよくできているし.
もともと,がんという疾病は初期の段階での診断,入口での判断がしやすいし,がんになったら治療をして,そこから亡くなるまでの一連の流れというのが出来上がっていました.その点,心筋梗塞とか結核とかにも登録事業はあるけれど,経過がさまざまなのでがんほどしっくりこない.学生さんたちが医療というものを理解するためには,がんをとっかかりとして学ぶというのがわかりやすいんじゃないかと思います.
ただ,医療が進歩して,がんの経過はより多彩になりました.数年前に話題になった『病の皇帝「がん」に挑む』(シッダールタ・ムカジー)なんか象徴的ですけれど,昔のがんは「なったら治療はしてみるけれど,どうせ死んでしまうものだ」という疾患概念だった.でも今はもうそうではない.サバイバーがすごく多くなっていて,たとえば「5年生存率」という概念も無意味になりだしている.5年では評価できないですよ.院内がん登録の最新の5年生存率は,2015年以降更新されていませんが,2015年の生存率が今の人に適用できるわけないですよね.抗EGFR薬が2010年の最後ぐらいに出てきたばかりで,まだオプジーボも何もない時代ですからね.患者さんに説明するときも,5年生存率なんて意味がない……とまでは言わないけれど,数字そのものにはさほどの意味がないと言います.
いろんなシステムががん医療の進歩に追い付いていない.がん登録も付いていけてない.患者さんの側も,患者会といった患者さんを支援するシステムも,十分には付いていけていません.
Q3. 寺本先生がこれまでに出会われた,がん医療従事者やがん研究者で印象的だった方のことを教えてください.
A3. 四国がんセンター前院長の谷水先生.エッセイを書いたことがあるので添付します.(本人は病院誌が出てから初めて読んだそうです.怒ったら事務の人はどうするつもりだったのでしょう?私が予め許可を取ったうえで書いたと思ったんでしょうか?そんなことしたら面白くないのに)
◆四国がんセンターニュース78号(2022年4月1日発行) 「医者のつぶやきリレーエッセイ」より引用:
弱点!
もう春だが,春は眠い.大学院に入った頃,某教授(あえて名を秘す・出身教室ではない)に挨拶に行ったところ,あまりに昔話がくどくて寝てしまった.四国がんセンター赴任時,前病理科医長からの引き継ぎがあったが,やはり昔話がくどくて寝てしまった.どちらも3月の終わりの話だ.昔から話がつまらなければ相手が偉くても,怖くてもどこでも寝れる.ほぼ武勇伝のように読めるかもしれないが,障害の告白のようでもある.私の弱点である.
他にも,スタイルが良くてかっこいいのに他人にはそう見られていないことや,いろんなことを思いつくが,話がまとまると急速に興味が萎んでしまうこと,割と筆が立つことなども弱点だ.
4月は始まりの月だが,これを書いている3月は終わりの月である.四国がんセンターでは院長が交代し,一時代が終わった.新院長はシュッとしているが,前院長はスタイルが悪い.興味がないと寝てしまう.短期的な解決を目指し,思いつきで行動し,やり始めたことを時に途中でやめてしまう.成人病の総合商社・・などなど,弱点が多い.(これ以上書くと以後の文章が白紙になるかもしれないので,読者が自由に書き足せるよう1行開けておく)
強い悪役には弱点が設定されている.デス・スターは心臓部へつながる排気口がなぜか剥き出しになっていて爆弾一発でやられたし,ラオウは愛を知らなかった.正義の味方も,アンパンマンは水で動けなくなるし,ウルトラマンは3分しか働かない.ヒーロー以外でも,大抵の物語の主人公の若者は登場時大抵無気力で自己評価が低くてモテない.しかし弱点が共感のもとになる.人は同じ弱点を持つ人の成功を喜び尊敬する.弱点が見えない人がうまくやってもいけ好かないだけだ.
前院長は院長になる前から,全国に先駆けて緩和・医療連携・相談支援・医療情報などなど,それまでは医療の辺縁と思われていた様々な取り組みをごっそり愛媛に導入して四国がんセンターを導いてきた.それに先だって専門としていた分野の診療をやめた.過去にとらわれることなく,目の前のことを解決するために何が出来るかを考えたそうだ.慎重で1つのことに脇目なく最後まで貫くタイプならこうは行かなかったのではないか.問題に当たって自由に自分を変えて対応すればいいと言う考え方は教えられた.私は結局そうはふりきれなかったが,尊敬している.もっとも,成人病と体型はともにしたくない.新院長はシュッとした人なので共感したい.
Q4. がん医療やがん研究に従事するにあたって求められる,専門性や職能(スキル)は何でしょうか?
A4. 私個人はこんな感じです.
『リミッター』 仕事をしすぎると診断の質が落ちる.適当なところで帰る
『討たれる』 ガミガミ言う人の言うことは聞いてみる.結果として良いことになる
『文字力』 Yandelほどではないがある程度筆が立つ.また,30年前,『掲示板』の修羅場で培った実力は大変強いものだと最近再確認した
『その他』 特定の病理のジャンルにこだわらない,何々の専門家と名乗らない
『セール』 (プロレスの隠語)負けて勝つ,あるいは負けても負けじゃない
『恐妻家』 本に書くなら,『愛妻家』に変えておいてください.お願いします.マジです
Q5. 日本の「がん診療」の世界を図示してください.
A5. ざっと描きましたがこんなかんじ.私が働いている場所はこのへんかな.
うち(四国がんセンター)は国がん(国立がん研究センター)の手下です.がん医療については,国のいろんながん対策を国がんにおろしてやっているというのが現実.厚生労働省は国がんにそのような役割を期待していて,その最たる例が,全国がん登録です.さらに,医療がん対策の系統の,「がん診療連携協議会」やQI(Quality Indicator)も国がんが中心ですね.
がんに関する政策として一番にやっていることは,「がん対策◯年計画」です.国の全体の対策があって,都道府県単位,たとえば愛媛県はそれを受けて愛媛県がん対策計画というのを作る.国のシステムとしては,治療を推進しましょう,研究費を出しましょうというのをやり,都道府県レベルでは,こういうがん診療を協力してやっていきましょう,患者対策をこうしましょう,情報提供をこうしましょうとか.そういうことをやる.現実問題として,都道府県レベルで行政が病院を建てましょうみたいなことは,もうできないですけれど,国立病院機構は軍の病院を基礎としてきちんと整備できたし,国がんも国策で作れた.その意味では日本はわりと恵まれていたかもしれませんね.
あ,この図,サイズはちょっといい加減ですよ.そこは注意して.
患者会と患者は完全に重なってはいないですね.患者会はけっこう重要で,厚生労働省にこうしてほしいとか,国がんにこうしてほしいという力はある.患者会が要望を出してくれないと医療対策は動かないですね.
ちなみに,自分の立場から見ると,「病気としてのがん」だけじゃなくて,「社会問題としてのがん」のこともやっているなあと思った.それで患者の周りに三日月を2つ書いて,「ここかな?」と.ただ,右の三日月はもう少し形を変えたいな.「病気としてのがん」は,「病院」だけじゃなく「国がん」ともかぶるね.
Q6. 寺本先生にとっての「がん学」とはなんでしょうか.
A6.「がん学」はちょっと語呂が悪いと思う.Can学(キャンガク)とかCancer+logyでキャノロジー/Canologyとかはどうか?(San Leandro, アメリカ合衆国内にゴミ収集サービスとして1件ヒット)
Dialogue
<がん登録>
――ありがとうございました.「ワークエフォート的にはがんの病理診断ばかりやっている」とおっしゃいましたが,寺本先生といえば「がん登録」に関連したお仕事でも大変ご高名でいらっしゃいます.
もともと,四国がんセンターは,森脇大先生の頃から伝統的にTNM分類込みで報告書を書いていました.入職したころの私は,TNM分類が手術された患者の予後を見事に分けていることに魅せられました.
しかしそのうち,病理医がTNM分類の使い方をあまりよく知らないことに気づきました.奇妙な間違いをたくさんしているんですよね.それに関して数編の論文を書いたり,日本のTNM分類の現状をアンケート調査したりしたのが2000年代後半のことです.
そういうことをしていると,病院のがん登録担当にさせられ,院内がん登録標準登録様式作成委員をしていた先生を引き継ぐことになりました.そして2009年,院内がん登録全国集計というものができる.これを使えば,乳癌取扱規約の組織分類について「いたずら」ができると気がついて,論文化.日本院内がん登録全国集計データの最初の論文となりました.
その後,愛媛県のがん登録専門部会長となって色々活動しました.振り返ってみるとこの専門部会はかなりたくさんの活動をしていて,私は会長として乗っているだけでしたがすごいなと思いました.
日本がん登録協議会の学術集会を松山で開催した際には,「院内がん登録と全国がん登録の融合」をテーマとしました.事実上日本がん登録協議会がブレークするきっかけとなりましたが,8年経って,融合は不成功であったとわかりました.この頃から,病理診断の仕事を真面目にしたいと思い,病理関係の多施設共同研究のPIを2つ取りました.まだまとめられていませんが…orz.
コロナのときには,愛媛県に院内がん登録の早期集計体制が出来ていたのを利用し,『コロナ速報版・がん登録で見る愛媛県のがん診療』を発表しました.一部で受けました.発表の結論が,『コロナ禍でも健康に必要なことは自粛してはならない』だったのがマスコミ受けしなかった要因だと踏んでいます.
――本当にいろいろなさっていますね.組織診年間7,000件くらいをご自身で診断されつつ,がん登録,検査科の運営,国や協議会の仕事など,本当にお忙しいかと存じますが.
そうですかね.でも,周りにちゃんとスタッフがいて,かなりやってくれるんですよ.がん登録とかもね.
――がん登録って,がんに携わる医療者の中にもあんまり分かってない人がいると思いますがいかがでしょうか.クラークさん任せというか.
残念なことに,がん登録をやっている人たちですらよく分かってないところがあってね.
――がん登録って,そもそもどういう仕事なのでしょうか.
腫瘍登録士という役割があります.その人たちが,がんの情報を拾って院内でまとめる.これが院内がん登録です.ただ,そこで終わりではない.たとえば愛媛県では,県の範囲までを四国がんセンターがまとめる.昔はそれを地域がん登録といいました.今は,それを国が吸い上げて,「全国がん登録」にしています.
院内がん登録は病院の情報のキーになります.どこの病院にどのくらいの症例件数があるかという情報です.あとは,QI,診療の質を評価する指標にもなります.院内がん登録の情報をいろいろな情報とくっ付けて,がん診療の質を調べる研究ができます.薬の効きとか,がんに対してどういうふうなことが行われたかっていう情報の元になる.
これとは別に,たとえば,臓器がん登録は各学会がやっていますよね.そこに,院内がん登録をリンクさせれば,病院ごとに各臓器のがんの生存率がどうとか,ある治療法がどのようになされているかというのを把握できる.情報が詳しい.希少がんがどの病院で診療されているかというのもわかります.
そういった病院ごと,地域ごとの情報を,県から国を通して全体についてまとめたのが全国がん登録です.どの県でどんながんが何件起こったかとか,県ごとの生存率がどうであるとかが分かる.ただし,院内で持っていた詳細な情報の一部は失われます.
がん登録のレイヤーごとに,それぞれ役割が違って,研究の目的もそれぞれ違うんですよね.
たとえば,地域ごとの医療レベルの差を見るには全国がん登録を使うとか,病院ごとの医療レベルを見るには院内がん登録を使うとか.
がん登録をやっている人たちは,全体をまとめて「がん診療の羅針盤」といういい言葉を用います.ただし,内部の問題点として,それぞれが自分のところの羅針盤が一番大事だと思っていて,それで少しもめたりもします.
――何をもめるのでしょう.
院内がん登録から回ってくるデータを全国がん登録に取り込もうとすると,ちょっと都合が違うから使いづらいとか言って怒ったりね(笑).あるいは,あまり詳しいデータを入れるなとか.
みんな,自分のジャンルが一番大事だと思っちゃいますからね.がん登録に限らないけれど.病理医は病理診断が一番大事だと思っていますが,病理医が真面目にやり過ぎて報告が遅れると,臨床医はそんなどうでもいいから早くしろ,なんて言ったりね.逆に,臨床医がそこまで大事なことじゃないと思って依頼書に情報を書いてなかったことで,病理側が怒ったりもする.そんなことで軋轢が起きたりする.普通の臨床でもちょっとした立場の違いによって,どんな情報をやりとりするべきかという考え方が変わっていく.それと同じことが,がん登録でも起こる.
<診断の哲学,プロレスファンの見方>
――たしかに病理医は「つい細かく診ちゃう」とか,「つい厳し目に診断を付けちゃう」みたいなことはありそうです.寺本先生はそういうメタなことをたまに指摘してくださる印象があります.
言うかな?
――書かれたり.
自分を「部外者」として見ることはあるかもしれませんね.日常生活の中でも.「ふっと浮く」ってあるね.周りからふっと浮いてモノを考えるというのは常にある.でもそれは病理診断というよりも,自分の気質,性質の類いじゃないかな.病理医としてではなくプロレスファンとして,みたいな.
プロレスって,その場で行われていることと背後にあることがそれぞれ違うんですよ.振り付けでやっている部分があるけれど実際に血が流れたり骨を折ったりしている.陰では打ち合わせもしているんだけれど,シリーズを通すと最初に思っていた通りにはならなかったりする.そういう面白さを小学生の頃から見ているファンは,そういう見方に慣れる.
息苦しくなったら周りや前を見るといいという.けれど,それで成功できる人ばかりじゃないですよね.下や後ろも見るといいかもしれない.もっと言えば,自分が誰かの役に立つとしたら,それはほかの人の「視線の外」にあるものがみえるからかもしれないなあと思う.
<たくさんの書き物>
――寺本先生は,たくさん「書き物」もなさっています.
つい最近まで書いていたのは,国立病院機構の病理協議会の「提言」です.年に一回書く必要がある.国立病院機構には「院長協議会」というのがあって,その下に33の協議会があり,その一つが病理協議会です.私は病理協議会の会長なので,年に1回,病理からの提言を挙げなきゃいけない.毎年やっていると,割と扱いがよくてね.書いたことは全部載せてくれる.ただ,実際提言した通りにはならないんですけれどもね.
――その「提言」というのは,国立系の病院はこれからこういうふうに診療してくべきだという方針を掲げるということでしょうか.
そう,それを国立病院機構の中の提言書として,厚生労働省と機構に提出する.格としては高い.そのとおりにならないだけでね.
――病理からの提言というのは,具体的にはどういうものになるんでしょう.
病理からの提言のコアは,これから私たちがどうやっていくかっていう,現状のまとめと問題点を書く.具体的には,たとえばゲノム診療が複雑になってるからゲノム検体管理加算を出してほしいとか.それから遺伝子検診断加算,あとは都度算定にしろといったようなありがちなことですね.そして,デジタルパソロジーの導入がうまくいかないとかね.
――うまくいってないですね.
あれって国が補助金出してるでしょ.でも現状は,デジタルパソロジーを導入した病院が購入費用の半額くらい出さなきゃいけない状態になってしまっている.足りていないんですね.であればもう少し調整しなければいけない.たとえば,補助金を利用しない病院の補助金を減らすとか(注:提言の会議ではウケたが,私は言ってないことになっている).あとは,たとえばデジタルパソロジーを導入した際にはDPC係数を上げたらよいのではないか,とか.そのあたりを何とかしないと,結局デジタルパソロジーが利用されないまま日本が終わりかねない.何とかしてほしい,なんていうことを書くんです.
国立病院機構にデジタルパソロジーをはじめとする最新の病理ツールをちゃんと導入しないといけないですよね.デジタルパソロジーがないとAI病理診断にも対応できない.遺伝子診断がないと国際治験にも乗れない.あとは介護にも力を入れたほうがいい.そういったことを昔っから細かく書いています.病理とは必ずしも関係ないですけどね.システムを直接いじる立場ではないので,文句を言っているだけですが.
――システムの歪みを現場から是正していくための提言書なのですね.
その提言書と同じ締め切り日だったのが,『がんセンターニュース』のリレーエッセイです.
――――これは……また,ぜんぜん雰囲気の違うものを同時期に書かれていますね.
リレーエッセイなのに1人でやってるんですけどね.
――えっ.
第1回のときにキン肉マンの話を書いて,そのタッチをほかの人が引き継いで書くのは無理だということでね.これまで25回分,1人で書いてます(笑).
★引用: 四国がんセンターニュース 2017年10月号
医者のつぶやき リレーエッセイ 第1回「ワルの誕生」
前回惜しまれて終了した栗田名誉院長の「患者の言い分,医者の言い分」の後を受け,今回からリレーエッセイを始めることになった.
さて,皆さんは「超人血盟軍」をご存知だろうか? 我々のバイブルである『キン肉マン』に登場する超人軍団の一つだ.その首領であるキン肉アタルの数々の名言の一つに強豪マンモスマンに圧倒されたバッファローマンに対してかけた言葉がある.
「このタッチは恐怖から逃げるためにわたしに助けを求めているものだ.こんな弱気なタッチは受け取れん」
私もこの言葉に従い,恐怖から逃げず,広報誌に適切な内容かどうかは気にせず,存分に書くまで誰にもタッチすまいと決意した.
私は30年目の病理医,四国がんセンターに赴任して16年目になる.そこそこの古株なので,何十年も修行してきた病理医の枠の外の仕事を色々抱えるようになり,毎日大きなストレスを抱えている.ある日,バイクが欲しいという妻と一緒に行った中古屋の片隅に古くてぼろくてハンドルがやけに高い,乗り物としては無駄な要素の塊であるスティード(ホンダの中型アメリカンバイク)を見た私は一気に決心した.「そうだワルになろう」
少しぽっちゃりだが生来健康,実家から大学に通い,大学院まで計10年の最短で卒業し,一人の妻に四人の子供とまじめに50年余の人生を送ってきた私はワルになるべく選ばれた人間だった.次の日から教習所に通い,2年前の夏,私は晴れて路上のワルになった.
伝統的なバイカーのダブルの革ジャンで自分のキャラの旗を立てた70年代テイストのバイクにまたがり,法規内音量のノーマルマフラーをぴかぴかに磨いたり,遠回りしてうちに帰ったり,ツーリングのたびにソフトクリームを3回食べたり,ま,さ,に,したい放題…
さて,早くも紙面がつきたので,法令と近所迷惑を気にするワルとして,不要な生命の危険と隣り合わせで今日も走る私の話は,以下次号
<皮肉の科学とパラダイムシフト>
――ワルになるまでの経緯もよろしければもう少しお聞かせください.
学生時代は内科医になろうと決めていたんです.消化器内科の医局長に挨拶してね.それを聞いた病理の先生が,「おまえは病理に来にゃいけん」とか言って,勝手に内科に断りに行った.その晩フィリピンパブに連れて行かれて,一生面倒見るから,とか言われて,入局したらその人,半年くらいでいなくなった(笑).
大学では遺伝子診断から入りました.その当時新しかった,サザンハイブリダイゼーションやPCR.最初は楽しくやっていたんですけれど,サザンが業務になっちゃうのってちょっとつまらなかったな.「お前にしかできない」って言われたところで,そんな,こんなことして,こんなことして,こんなん作って,流して,ぴゅー,とかってしてね.理性があれば1,2か月で飽きますよね.論文書きたいとか偉くなりたいとか,そういう人たちはがまんできるんだろうけれど,私はそうでもなかった.
その後,Single cell PCRを職人芸として論文化した.マクロ大セクションの先駆けで,Reed-Sternberg細胞1個を顕微鏡を使って取り出してね.
――トランスクリプトーム解析の先駆けみたいなことをなさっていたんですね.
それはそれでよかったのかもしれないけれど,キャラには合ってなかったね.その後,岡山労災病院で臨床病理医2年,大学で助手1年半,そしてカロリンスカ研究所に留学してEBVの研究.
留学中,時間があるので,ポパーとかクーンとか,フーコーとかに関する解説書を読みました.かつて,私が作ったプロレス関連のサイトには科学哲学のページを付けていたんですけれど,1990年代中盤に「反証可能性」とか「パラダイムシフト」とかを日本語で検索すると,私のサイトが1番に出てきた(笑).プロレス関係でアクセスが多かったからだと思うけれど.
留学から帰ったらなんとなくもう,培養したり試験管ふったりする研究は,いわゆる「皮肉の科学」で,あんまり面白くないなあと思った.論文を読みあさって最新の知識を仕入れて真似をするのもつまらないと感じていた.
――「皮肉の科学」ですか.
クーンですね.パラダイムシフトの前に,「空いているところを埋めるだけのような科学」.外国でこういう抗体が出たからこの腫瘍で染めてみようなんてのは,まさに皮肉の科学だと思った.そういうのも大事だけどね.病理なんてのはそうそうパラダイムシフトするわけじゃないし.未だにH&E染色が一番大事なくらいだし.ただ,皮肉の科学も大事だけどおもしろくはない.結果が出たらうれしいけれどね.
――ここ最近のオンコロジーでパラダイムシフトがあったといったら,免疫チェックポイント阻害剤とかでしょうか.
分子標的治療薬とかね.一方で,診断に関しては小さなパラダイムシフトはたくさんあるけれど,大きいものはない.もしかしたら,「がんの病理診断」自体がパラダイムかもしれないけれど.シフトするとしたら,「がんという病理診断が要らなくなる」.予防薬だけで済むようになる,とかね.
――先ほどうかがった,「5年生存率が通用しなくなってきている」というのも,パラダイムが古くなってきているということになるのでしょうか.
そうですね.がん登録のパラダイムは古いです.全国がん登録に使われている,IACR(International Association of Cancer Registries,国際がん登録協議会)が使っているがん登録のやり方は,1950年代に決められたベルグ分類という組織分類コードを使っています,今でも.完全に古い.現場で使われているような登録コードとはマッチしないですね.
1950年代の発想は,「がんになったら1回治療するけれど,再発したら死ぬだけ」という感じだった.だから,がん登録の世界では,初回の治療までしか登録しない.2回目の治療以降は無駄な治療という発想でしたからね.でも,今はそうじゃない.
――がん登録って未だに初回治療までなんですか?
うん,それどころか,IACRは「がんにかかったら死ぬだけ」という発想で作られているから,たとえば再発したがんは登録されない.さらに言えば,多発がんも登録されない.よくありますよね.何年も前にここに肺がんができて,10年くらいあとにまた別の場所に肺がんができて,みたいなこと.それも登録されない.今の全国がん登録に使われるシステムではね.
――肺がんだと,肺癌学会も別に登録をしているでしょうか.
臓器別癌登録はやっていますね.乳がんとかもね.そちらのほうはもう少し詳しく情報を取る.院内がん登録に近いようなかたちです.こちらで登録の根拠になる組織分類は「癌取扱い規約」ですね.
――先ほどもおうかがいしていましたが,院内がん登録と国の登録とでは,解像度が違うというか,取る情報がやはり違うんですね.四国がんセンターのような病院レベルで行われている登録では,がんの再発とか異時性多発とかもすべて登録されるのでしょうか.
そうとも,そうでないともいえます.再発は診療録管理のレベルでしか取っていません.何を異時性多発として,何を再発とするのかを決めるルールもあって,これがまた難しいんですけれどね.
ちなみにマニュアルの国のアメリカでやっているがん登録では,たとえば食道がんが出ました,しばらく経過観察してもう1回食道がんが出ましたっていうと,「1年以上経っていたら異時性多発,すなわち前回とは別物のがんと判断してよい」ということになっている.ただし,病理医が「再発ではない」と判断する必要がある.
――病理医が判断しきれるものでしょうか.
難しいところで,悩みなんですよね.だから,病理医はよほどの知識がない限り「再発」という言葉を軽々しく使ってはいけないんだけれど,自分の言葉ががん登録に関係しているということを知っている病理医は少ない.再発とかde novoとか,根拠なく書くのはよくないですね.臨床医が再発って言っているからといって,すべて再発って書いてはだめです.
<病理医の言葉遣いと,病理医の本性>
――“Compatible with”っていう言葉が好きな病理医はいますよね.
いますね.嫌いだな.Suspectedとかもね.臨床医も嫌いだと思う.『可能性の問題』というのがあって,「可能性」なんてのもよくないよね.病理診断の文章では,言い回し,語尾とかにも気をつけなければいけない.これは趣味嗜好で言っているんじゃなくて,臨床医が「可能性」や「疑い」についてニュアンスを誤解するかもしれないからってことです.
「◯◯とすれば矛盾しません」みたいな言い回しもよくないよ.「肺がんの転移とすれば矛盾しません」とか.「とすれば」って,そんなの,矛盾しないに決まってるじゃん.
――病理医の記載の方法って,もっと教育されたほうがよいでしょうか.
教育できる人って誰かなあ.
――アメリカでは,シノプティックな報告書に揃えようという動きもありますね.
ICCRのやつですね.あれは結局,データを取りやすいようにしようという動きだね.それは大事.でも,病理医の「本性」とはまた別の話ですね.病理医の本性は病変を言葉にして伝えることじゃないかと思います.それを記号に直したり,マルペケに直したりすると,やっぱり失われるものがたくさんある.
――がん登録はジレンマを含んでいるということでしょうか.
それは別の問題かな.がん登録の現場はシノプティックな記載と親和性があるけれど,それがジレンマとかデメリットだというわけではない.がん登録はそういうものじゃないとデータの解析ができないからね.
データの解析は必要.それはそれとして,「見たものを文字に直す」というのが病理医の仕事ですよね.病理医の本性は病変を言葉にして伝えることじゃないかと思います.でも難しいよね.あんまり長く書くと臨床医がどこを拾っていいかわかんなくなっちゃうし.そして,そういう書き方を人に教えるのも,これまた難しい.
――指導は本当にケースバイケースで難しそうです.
私がまだ30代の終わり頃,うちの病院に勤め始めたころ,怖い臨床医がたくさんいてね.これはこう書け,何日以内で報告せえ,フォーマットはこんな感じで書けと言われる.そのフォーマットは時代とともに変わってはいくんだけど,過去の遺産はちゃんと引き継げと言われましたね.
いまだに,たとえば子宮体癌の記載では,癌のサイズと子宮体部の長さの比,『L分のl』というのを書いていますよ.これは前の前の前くらいの取扱い規約やFIGOのステージング分類には入っていた.今は入ってないから求められてないんだけれどね.でも,様式の形に整えて書くと,なんか妙に満足するんですよ(笑).つい書いちゃう.
――よくわかります.ルーティン化されたものは残しますよね.
そうそう.その上で,「所見」はちゃんと書く.胃がんとか肺がんとか,取扱い規約がすごくよくできている手術検体はまだいいとして,フォーマットがあまり揃っていない臓器のがんとか,あとは生検.生検では所見は必要ですよね.
最近うちに勉強にくる若い先生たちはみんなちゃんと所見を書いていますよ.あまりにちゃんと書いてるから,逆にちょっと削ったりする(笑).たとえば「……で核小体明瞭だから腺癌と考えます」みたいな書き方.
――おっ,その心はなんですか?
「何とかであるから癌と考えます」はね,そんなん違うやろ,と.人間の思考としては,「最初から一目で腺癌って見抜いとるやろ」とね.最初から腺癌ってわかっているものを,さも順序立てて所見を拾って理由として診断したように書くな!ということです.「腺癌がこういう形態で浸潤している」と書いたほうがいいぞって.
もちろん,腺癌ということがぱっと見でわからないときは,理由をきちんと書いてから「腺癌と考えます」と書けといいます.小うるさい年寄り病理医の言うことやけど.
――ものすごくよくわかります.
本当に理由があってそう判断したというのと,ア・プリオリにわかったときとは分けて書けと.ただ,このあたりは人によって流儀が違うかもしれないけれどね.
――そろそろお時間です.ありがとうございました.大変おもしろいお話でした.事前に文章でもいろいろ送っていただいてありがとうございました.寺本先生のメールって,笑わせようとはされてないのかもしれませんが,笑ってしまうんですよ.
笑わせようとはしとるよ.

