ほどほどにしなさい

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医者がみずからの経験・体験や研究成果を発表する場所というのがある。面前で、列席者を相手に、あるいはオンラインで顔の見えない聴衆に対して自分の思いを(PowerPointなどでスライドを用いながら)発表するのを学会発表とか学会報告などと呼ぶ。文章にして、投稿して、査読委員にチェックしてもらって、最終的に雑誌に掲載されたものを論文という。一般に、大学で偉くなりたい人は、論文をいい雑誌にどれだけ載せたかというのが「業績」とほぼイコールなので、論文をじゃんじゃん書く。逆か。論文をじゃんじゃん書ける人が偉くなる。

一方、直美とまでは言わないが、べつに地位とか名誉とかにはそこまで興味がなく、医者の中盤から後半にかけてはお金をきっちり稼ぎつつ自分が充実して、そして患者のためになることをできていればまあいいかなという人々は、さほど熱心に論文を書かない。学会発表も長いことごぶさた、という中年医師も多い。

そして、割合としてはそこまで多くないのだけれど、別に偉くなる気はそんなにないのに、学会に行って症例を報告したり論文を書いたりといっためんどうな作業をずっと続けているタイプの医者もいる。個人的にはこういうタイプには傑物が多いと感じている。まあ、手段と目的がごっちゃになってすりかわっただけなのかもしれないけれど、でも、大学やがんセンターにいるわけでもないのに2年に1度くらい症例報告の論文を書いている医者なんてのは、少なくとも私から見ると「かっこいい」。

いやかっこよさなんてどうでもいいだろ、患者のためになっているかどうかだろ、と言われると、これがまた、むずかしい。

「学会発表や論文執筆を丹念にやっている医者は臨床力が高い! 患者のためになっている!」と大手を振って言いたいところなのだけれど、小声でいうと、「研究に力が入りすぎて、もはや、患者ほっぽらかし」というタイプもいるにはいる。

それってヤブ医者じゃん、と断じられるとそれもまた違うんだよなとゴニョゴニョ言ってしまう。あらゆる医療は患者のためになされるべきだと私は本気で思っているけれど、ここの解像度をもう少し上げると、「医療全体が患者のためになるべく、医療を支える人の何割かは、患者のほうを向かずに医療者のほうを向くべき」だと思っている。

B to CだけじゃなくB to Bを内包してたほうが強いでしょ? みたいな言い方もできるかもしれない。

ちなみに学会発表もめちゃくちゃ多いし論文もとんでもない数書いてるし患者にも評判がよい医者というのがまれにいるのだけれど、非常に高確率で体を壊す。だいたい50で倒れる。帯状疱疹は必発、網膜ははがれぎみ、足腰はほぼ石。まあ、そりゃ、そうだよなと思う。

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