サイサンド返し

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たくさん診断したなと思ったが依頼書の枚数を数えてみるとそんなに多くはない。もちろん、これら一枚一枚の向こう側には無二の患者がいるわけで、多いからすごくて少ないから大した事ないなんてことはなくて、たったひときれのプレパラートが患者の二十年間を左右するということもあって、つまり大事なのは数ではないのだが、そういうきれいごととは別に、やっぱり数は大事だ。

病院にも部署にも経費と売上というものは存在する。患者の数に如実に影響を受ける収益の中から私の給料が払われている。私が働いている時間にくらべて病理診断件数が少ないと、経営陣は「この病理医の人件費、高っけぇなあ」と肩を落とすことになる。

それでも私がここで働き続けていられるのは、ひとえに、ほかの医療従事者たちが、「病理医がばりばり働いていると私たちにとってオトクなんですよ」と考えてくれているからだ。口コミのちからでお目溢しをいただいている。

あいつがいると診断が半日早く出る、とか、あいつに尋ねると検査する前に患者に説明しやすくなる、とか、あいつがいると部下の論文執筆を代わりに指導してくれる、みたいな、「ベッドサイドがなんだかうまくいく魔法」を評価してくれている。これらは患者数とは直接関係がない。つまり売上とも直接関係しない。

「もうけ」から距離をとった場所にいる職員。このことを、私はあまりいいものだとは思っていない。そういうのはシステムを維持するうえで無責任だ。しかしかくいう自分がけっこうな頻度でそうなってしまう。申し訳ないなと思っている。

「がん医療」ってめちゃくちゃ金かかるんだよ。患者から見てもそうだろうけれど、病院から見ても。まじめにやればやるほど、黒字にならない。そりゃあ、そうだよ。ここで大儲けできるのは詐欺師くらいだ。小さい儲けくらいはさせてもらいたいとは思うのだけれど、なかなかむずかしい。AI? いやあ、むりだろ。AIは料理と病理には向いてないよ。

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