※毎週火曜日、書籍『がんユニバーシティ』で行ったインタビューの、「編集中の原稿」を全文公開します。書籍版ではここから大幅に編集をし、各先生方からの寄稿をはじめとするたくさんの文章をコラム的に散りばめて、一冊の本にまとめます。このブログでは、インタビュアー(市原)が興奮し続けた「生の雰囲気」、編集前の原稿だけが持つ猛烈な(ちょっと読みづらい?笑)エネルギーを味わっていただきたいと思います。
がんと手術 ― 本道の覚悟と情熱
平野 聡(北海道大学大学院医学院 消化器外科学教室Ⅱ 教授)
2年前期
Q & A
Q1. 平野先生のご専門と,お仕事の内訳をお教えください.
A1. 消化器外科医です.
僕は消化器外科医です.仕事の内訳としては,肝臓・胆道・膵臓などの消化器がん関連が8割です.その中で研究と臨床が5割ずつくらいでしょうか.
研究にもいくつか種類があって,臨床的研究が40%,基礎的研究30%,社会的な活動,いわゆる学会活動のようなものが30%です.
Q2. 平野先生にとって,がんに携わるとはどういうイメージでしょうか.
A2. 先頭に立って,一人で勇ましく闘うということではない.
どういう心境で,がんの治療に取り組んでいるかの現状をお話すると,昔はがんと言えば全く未知の世界で,たとえば得体の知れない宇宙からの敵に向かって地球を守るみたいな感じのところがありました.その中でも,外科というのは,やはり地球防衛軍の先頭に立って迫り来る異星人の攻撃から味方(患者さん)の安全を守る要のような存在なのかなと思っていました.
しかし,今は「がん」は全く未知ではなくなってきていて,敵としての「がん」というものの素性がかなり色々わかってきたのです.わかった事の中には,敵が相当強いということも一つで,また,敵の全貌を解明するのは至難の業であるということも含まれます.
そのような一筋縄ではいかない「がん」と闘うのには一人ではとても無理で,チームで挑む必要があります.外科のチームだけでなく,色々な診療科や職種が集まって協力し,多角的に攻撃しなければいけません.患者さんは敵におびえる一般市民という立場ですが,一緒に戦わなくてはならないので,そういう意味では戦友って言葉が近いかもしれないです.「がん」との闘うためには,いわゆる総力戦っていう感じで,戦闘員もいっぱい必要です.患者さんも家族や友人達などを巻き込んで,大勢の仲間がいたほうが闘いには有利ですよね.
私は外科医として「がん」の手術に臨む場合,敵の前に一人で立っている感覚はまったくありません.助手の先生も,手術室の中にいる多くの先生も,病棟で待ってくれているスタッフもいて,一緒に闘っていると思っています.さらに,患者さんも,患者さんの仲間も,後ろからたくさんの応援をもらいながら「がん」に立ち向かっている,そんなイメージです.
手術という闘いを終えたあと,必ず得られる戦利品は検体(摘出臓器)です.検体からは様々な情報が得られますが,まずは「がん」がどのような性質で,これからどのような経過をたどりそうで,これから何か治療を加えるべきかどうかを判定できます.また,手術前の検査で判断していた敵の大きさや広がりが正しかったのかどうかを評価することができるので,次の患者さんのより正確な診断につながります.また,同じ「がん」の多くの患者さんの検体を集めて遺伝子の変化を調べたりすることで,「がん」という敵の本性に迫ることができるので,将来の画期的な新しい治療の開発につなげることができます.外科医の仕事は手術だけと思われがちですが,それだけでなく,大げさに言うと医学の進歩にとってかなり重要な役割を果たしているという,ちょっとした自負はあります.
Q3. がん外科医に求められる,専門性や職能(スキル)は何でしょうか?
A3.スキルは普通でよい.みんなで上手くなろうとする気持ちが大切.
私が考える外科医のスキルは「このレベル以上の器用さや繊細さが必要」というものはありません.もちろん「箸で豆が掴めない」ような感じでは少し問題かもしれませんけれど,日本人なら誰でもできますよね.
確かに,手術で「がん」を切除して,患者さんを治そうとするには一定の技術レベルに達する必要があります.でも,実際はとんでもない高度な技術が必要な手術は,標準的手術とは言えませんし,それはベストな手術ではないのです.一般的なスキルを持った人達ができる手術が良い手術で,それが普通にできる外科医は手術の専門家であり,立派なプロフェッショナルです.
では,全員がその標準レベルにすぐに到達することができるのかというと,一定の個人差もあり,この類いの手術はとても上手だけれど,こっちの方はあまり得意でない,なんてことは大ありです.しかし,そこはチームですから皆で技術を高め合うことができます.得意な者が不得意な者に教え,教えられるものはしっかり技術を高めようという気持ちをもつ,そんな文化が外科のチームにとってとても大切だと思います.
実は,日本で初めて私達が北米から導入した外科教育学という学問があって,「このスキルができないからだめだ」ではなく,「こんなトレーニングをしたら一定レベルまで必ず到達できるから頑張ろう」という方法論を研究しています.ですから,私たちのところは他のチームや施設より,「外科医の能力」について少し楽観的かもしれません.
確かに,本当に「がん」手術の究極の場面においては「1mm以下でここを切るかどうか」という究極の状況はあり得ます.そこは,そのチームで技術的に最高の外科医がメスを振るう責任がありますし,その高度な技量が試される瞬間でもあります.だからといって,その一人の最高技術はその一人のものであってはならないのです.患者さんのことを考えると,もし,その外科医がいなくても次の誰かができるようにならなければいけない,あるいは皆でできるようになろうという目標でなくてはなりません.一方で,高い技術をもっている者は,自分の持てる技術をみんなが等しく身につけることができるように,しっかり教えるという気持ちを持たなければいけません.俺はすごいんだぞ,と言ってはばからない外科医は,実はあまり信用できないと思っています.
技術を高める目的は何かというと,目の前の患者を助けたい,これから先,手術台に上がるまだ見ぬ患者さん達全員を助けたいというたった一つの想いを達成するためなのですね.逆にその想いがあるからこそ,努力するモチベーションが生まれ,やり甲斐があり,みんなで一定の技術に到達できるのだとも感じます.もし,その気持ちがなければ,たとえ技術だけあっても単に技術者であって,プロの外科医とはいえないとまで思います.東大医科研にいらした中村祐輔先生(現 国立研究開発法人 医薬基盤・健康・栄養研究所 理事長)が,常々おっしゃっている「技術や医学が相当進歩したとしても,そこに人への想いがなかったら全く意味がない」という言葉は,我々の技術を高める行為の根源的なところをずばり言い当てていると思っています.
Q4. 医療従事者や研究者が修める,「がんの学問」(がん学)を想定します.それはどのような学問体系でしょうか.
A4. とても壮大な総合的学問だと思います.
がんの学問とは何かを改めて考えたら,やはり総合学です.自然科学的なところと医学的なところと,そして社会科学的な側面もがあり,三つの学問の総合が「がん学」であると思います.これからしっかり「がん学」を学ぶのであれば,医学はもちろんですが,純粋な科学と社会学の知識も必要で,その二つを意識して学ぶべきだと思います.
基礎科学の分野は一見,無関係に思うかもしれませんが,「がん」という難敵に挑むためには,科学の基礎をきちんと身につけて,一度はその根源にせまる研究にも興味をもって覗いてみる機会があるべきと思います.基礎科学の理解があることで,多くの研究者の考え方や最新の研究成果を知ることができるようになり,「がん」患者さんの病態の理解にも発展させることができるはずです.もちろん,「がん」の基礎研究にどっぷり漬かって人類を「がん」から救う立役者になる人材も求められています.
もう一つ,医療は社会インフラとして不可欠であるがゆえ,実にさまざまな社会的,あるいは経済的な影響を受ける職業分野の一つです.特に医療経済的な問題は「がん」医療でもっとも深刻で,世界に類をみない人口の高齢化や少子化などもあり,社会の動きと「がん」医療は強いつながりがあります.また,社会福祉的な観点からみた「がん」患者さん達の立場や環境に関する理解があって,はじめて最適な治療法にたどり着けるはずです.
もう一つ加えるなら,外科医としては「人間学」とでもいう,応用的な学問も入れたいところです.手術は患者さんを救うためとはいえ,人の体に外科医がその手で傷をつけるという野蛮な行為です.そこには必ず「信頼」という人間のもつきわめて尊い精神世界が必要です.その根本として存在するのが人間学であり,とりもなおさず,いかに信頼されうる人として認められるか,という要素を身につける学問です.
これほど壮大で,かつ広範な「がん学」を修めるということは,決してたやすいことではないのですが,医療者は,特に外科医はこのとてつもない学問の山を登りながら一生をかけて頂上を目指し,その過程で自らを成長させることができるのですから,登り甲斐がないわけはありません.
Q5. 「がん学」を修める学生たちが,心に留めておくべき「勘所」はありますでしょうか.
A5. 「高い傾聴力と情報リテラシーの習得」です.
「がん」患者さんが医療者の前で話す言葉には,しばしばその方の人生に対する想いがこめられます.「死生観」的なことをぼんやりと言葉の中に入れ込まれたりもしますし,直接的な単語で重い内容を話されたり,逆に心模様をちらりとのぞかせたりという微妙な表現をされる患者さんもいます.よく「傾聴」せよと言われますが,本当の傾聴は言葉の裏に隠された真意をいかに推し量ることができるかだと思っています.これはかなり大変なことなのですが,「人生=命」がかかった患者さんを前にするとき,真の傾聴ができるかどうかで,患者さんとの関係が全く違うものになるのです.この究極の傾聴力のコツは,完全に自分の心をニュートラルにして,五感を最大限に敏感にし,患者さんの語気や表情のわずかな変化を見逃さないことだと思っています.
もう一点,情報過多の時代の「あるある」です.よく外来で「がん」患者さんがネットや週刊誌で得た「がん」特効薬の情報を持参されることがあります.「これはどうなんですか?効くんですか?」と患者さんは皆,とても真剣です.そこで医療者は初見の情報に対しても,どの点が信用できる情報で,どの程度,確実な情報であるかを理論だて説明することが求められます.ここで必要なのが“情報リテラシー”で,それが身についていないと「ああ,よいですね.」と,あいまいな逃げ口上になってしまいます.これは外来での一幕ですが,普段のグループ内での発表にしても,情報の選択を間違えると真実と全く異なることを述べてしまう危険があります.この情報にあふれた時代には,リテラシーを問われる場目が目白押しです.普段から身の回りにあるたっぷりな情報の中から,本当に正確で,かつ必要なものを的確にャッチアップする能力は,「がん」の診療だけでなく,これからの時代を生き抜くための必須の能力だと思います.
Dialogue
<人助け>
―――平野先生が,外科医というご職業にたどり着くまでのお話をおうかがいさせてください.
根本的なスタートというか純粋な動機は「人助けがしたい」なんですよね.私は田舎育ちで,医療環境もすごく悪かったのですが,その乏しい医療に救われたという思いは何度もありました.それでいつのまにか,おそらく物心がついた頃から,どうしてなのか「人を助けること」が私の使命だと堅く思って育ってきました.
もちろん,道を決めるにあたっては,迷いもありました.少し芸術系のクリエイティブな職業への憧れもあって,医療の分野では形成外科といった選択も一度は考えました.でも,私は決して優秀な学生ではなく,偏差値以上の大学に偶然にも潜り込めたので(笑),結構,モチベーションが高かった記憶があります.せっかくこういう機会をお与えいただいた神様にお返しするとすれば,やはり最も多くの人を助けられる領域が良いだろうと思いました.田舎でもどこでもいいので,最高の医療をなるべく多くの人へ届けたい,がそのためには多くのことができなくてはいけない.なおかつ最も多い疾患を相手にするべきだ.そして,最も高度で,誰もができるものではない領域は何か.そういう単純な発想で,王道と思った消化器外科を選んだわけです.
―――なるほど,王道ですね.
そうですね.なにかを一人で開拓していくような才覚はありませんでしたから,大きな組織に入って,色々なことを教えてもらって成長して,なんとか一人前になろうという発想もありました.
―――そのイメージは,医学部に入る前からお持ちだったのでしょうか.
先ほども少し申し上げましたが,私は幼少期から医療資源の乏しいところにいました.標茶(しべちゃ)町っていうすごく小さい町で,町医者が一人だけでした.
そういう環境で風邪なんかのcommon diseaseから悪性腫瘍に至るまで,近所の方がどんな病気になっているかが大体分かったり,人間ってこういうふうに弱っていくんだなと観察できたりしました.そして,どうやったら助かるんだろうとか,助けられないのはどうしてだろうとかと,そんなことばかり考えていた子ども時代だったような気がします.なぜだかわかりませんが,とにかく大勢の人を助けなきゃという思いがいつの間にか大きくなっていったのですね.その結果の選択として外科医という選択は自然だったと言えますね.
<みんなでやっている>
―――いわゆる外科には心臓血管外科も呼吸器外科もあると思いますが,平野先生のスペシャリティが消化器外科に決まっていく過程というのは,どういう感じだったのでしょうか.
北海道大学の第二外科は,もともと心臓も肺も担当していました.ですから,当初は心・血管系の変性疾患,炎症性疾患などいろいろ経験できましたが,広く,なるべく多くの患者さんの,高度な治療をと考えると,やはり腫瘍をやりたいと思いました.そして腫瘍のなかでも呼吸器ではなく消化器だと思いました.なぜなら,消化器外科をやっておけば,「がん」がもちろん中心ではありますが,一般外科としての救急診療があります.消化器外科のほうが助けられる患者さんがたくさんいるだろうという思いが強かったのだと思います.
消化器外科で多彩な患者を相手にするのは大変ではあります.ただ,全員が全ての疾患のスペシャリストである必要はないのです.一人ひとりがある程度専門性を持って,なおかつ,みんなで集まって知識と技術を共有するのが外科の優良組織です.各分野・領域のスペシャリストがいっぱいいて集団を作ることでチーム力は確かなものになり,共働することでメンバーの成長もあります.
消化器外科医は,あるときは消化器外科の手術を,あるときは救急診療を,あるときは一人の患者さんにかかわる多数の診療科の調整役をやります.研究も教育も,一人じゃできるわけがなく,必ずチームです.手術成績も,上手な一人がやっているのではなく,チームでやって成績を出すのです.ある手術を一人だけが独占して執刀していたら,その当人がいなければ,たとえばインフルエンザで休んだら,その手術は中止ではだめなのです.何かあればいつでも代わりにできるように,常にみんなで技術を磨き続ける.そこは上下関係もなく,教え合える,助け合える世界であり,これぞ外科という集団の素晴らしさだと思っています.
―――『THE・外科』ですね.
まさしく『THE・外科』です(笑).理想論ばかりですが,もちろん,人間の集団ですから,そこには微妙な人間関係や,色々なことでギクシャクすることも無いわけではないのです.それでも,そんなことはどうでもよくなるくらい患者さんの前ではone teamになって取り組むことができます.手術という特殊な治療手段をもっているからなのだと思いますが,「外科ってすごいな,素晴らしいな」と,日々感じることができるので,幸せな仕事をしているのだと思います.
―――みんなでできるようにしよう,というメッセージは印象的です.その場合,カギは言語化なのでしょうか.
確かに技術を言葉で共有することも重要ですが,それとともに重要なのは模倣,“まね”なのです.学生や研修医には「“人まね”上手になりなさい」と言います.点滴ルート確保ひとつとってもそうですが,最初から自己流では全然,上手くいきません.そこで,「あの看護師さんがどうやっているかを見て,その姿勢,手の動き,針の角度,全てをそっくりそのまま“まね”してごらん」と教えます.なぜなら,上手な人の所作には上手くいかせるための全ての要素が合理的に組み入れられているからです.たとえば,ルート確保の際の一見脇役のような左手の各指の位置・向き・角度・牽引の強さなど,どれも必ずそうするべき意味や理由があるので,それを体験することで,常にそれぞれの所作の意味を考える習慣を身につけることができると思っています.そうすることで,この先,どんなに新しく習得しなければならない手技や手術に出くわしても,自然と上手くいかせるための意味を考えながら工夫することができ,いち早く上手にやり遂げることができるようになります.
<まだ話すことあるでしょ?>
ところで,外科医は「技術を磨いて,とことん切除する」のが仕事だと誤解されがちなのですが,実は「手術すべきかどうかを判断する」ことこそが大切な仕事なのです. かつて,膵臓や胆道の「難治がん」は「徹底的に取るぞー!」と,がんの拡がった範囲を含めてそれ以上に,なるべく広く切除されてきました.しかし,最近,そんなことしても無駄で,逆に患者さんには負担だけが増えて,なおかつ長生きできることもないってことがわかってきました.さらには,「難治がん」にも効果的な薬が開発されて,薬で少し小さくして小範囲で切除できるようになる症例も出てきました.手術で残っているかもしれない目に見えない病変は手術後の薬の治療でいいじゃないかという判断や,「まずは抗がん剤を入れないと今,手術をしても寿命を縮めるだけだ」とか,患者さんごとに「手術すべきかどうか」を決定する時代になったのです.これは外科医にしかできない,患者さんの一生の運命を決める重大な任務なのです.昔の外科はいわゆる血液がん以外の「がん」治療においては最も有効な治療手段でしたが,効果的な抗がん剤の登場し,それぞれの領域が進歩をとげた現在は,決して一人勝ちではなくなりました.多くの「難治がん」の治療には,内科だったり,放射線科だったり,病理だったり,色々な専門家が集まって一緒に治療の最適解を求めていく,外科はその中の一つの治療手段という立場になりました.
どれだけ切除するか,これは切除すべきでないと手術を踏みとどまるか,こんな意思決定は一人ではなかなか難しい場合があります.そんなとき,いろいろな考えを出し合ってどれだけ濃厚に議論できるかというところが,その外科チームの底力だと言えると思います.もっとも,今は働き方改革で,どんどん議論の時間が短くなっているんです.そんななかでも私は「ちょっと待って.この症例の議論もう終わり?まだ,話すことあるでしょ?」って,必死にみんなに問いかけるのです.「でも先生,もう時間ですから」と言われても,どうしても粘りたくなってしまいます.その想いは,「患者さんの一生をそんな短時間で決めるな」という想いと,「社会の制度と患者さんの命を天秤にかけるな」という想いが合わさったものなので,決して譲れないところなのです.
―――なるほど.
最近われわれに課せられた新しい課題もあります.いざ手術をしようとすると,その前にさまざまな治療が行われている患者さんが多くなったのです.放射線が当たっている,胆管に金属のステントが入っていて周りは高度に癒着している,はたまた再発治療の場合には以前にどこかで誰かが何らかの手術をしている.そんな厳しい状況で手術をやらなければいけない時代になりましたが,どんなに困難であっても,高い技術で対応しなければなりませんから,外科医はこれまで以上に技術に磨き続けなければなりません.また,難手術であれば,手術後の管理も相応に難しいものになりますから,外科医個人としての実力云々でなく,「このチームに任せれば大丈夫,なんとかしてくれる」というようなチームとしての実力もさらに上げていく必要があります.
私たちの教室のスローガンは,「情熱・愛情・勇気」です.「情熱」はもちろん,患者さんの病気を治したいという想い.「愛情」は,家族と同等の愛情を患者さんにずっと注ぎ続けられるかということ.これは一時的な感情ではなく,ひとたび手術をさせてもらったら患者さんと外科医の関係は,その後もほぼ途切れなく続くので,家族同然の感覚で愛情を注がなくては良い診療はできないという意味がこめられています.
―――1回や2回じゃ無いということですね.
そうなんですよ.手術の後,特に「がん」の手術の後は本当に一生のお付き合いになりますね.
最後に勇気」ですが,難しい手術を決断する場合,術中に決断に迫られる場合,色々な場面で勇気を振り絞るのが外科医です.特に,切除できるかどうかきわどい「がん」の手術中は,これ以上進むと引き返せなくなる点=point of no returnで「進む勇気」もあれば,逆に切除そのもののリスクや,「がん」遺残のリスク,術後の状態を考えて切除を断念する,すなわち「引き返勇気」などなど,勇気を試される場面に事欠きません.
「愛情」のところに戻ると,手術に関連する死亡率はかなり減りましたけれど,決してゼロにはならないので,患者さんにとって手術というのはかなり覚悟がいることで,なかには躊躇したり逡巡したりされる患者さんもおられますね.そしていよいよ手術を受けるという決断をしたとき,とても人間的で,かつ神聖なる契約が患者さんと外科医の間で取り交わされます.実際,その契約そのものは「信頼」という家族同然の絆の上に成り立つのです.ましてや,患者さんはこと病気のこととなると,家族以上に私たちを頼りにしますので,なおさら家族未満として付き合ってはいけない状況になるわけです.
極々稀ですが,私の専門である肝臓や胆道,膵臓外科の手術で,患者さんが生死の境をさまようことがあります.家族同然ですから,全身全霊で治療に当たることになります.きわどい経過のなかでは,治療の選択に迷いを生じることもあります.そんなときの外科医チームの選択基準は「自分の家族なら,どうする?」なのです.この問い以上にベストの治療を選択できる手段はないと思っています.
考えてみると,日常的にとんでもない契約を取り付けながら仕事をしていることに気がつきます.こんな人間くさい仕事って他にないなぁと思うと同時に,そんなことができるのはやっぱり職業人としてハッピーだと思います.
―――そこで出る言葉は,「ハッピー」なんですね.
<大将は控え気味に>
―――外科医は自分ひとりだけができてもだめなんだ,みんなでやっていく,均てん化をするとおっしゃった一方で,情熱・愛情・勇気の話をうかがっていると,これってやっぱりものすごく高度なお仕事だなと思います.
人間を相手にする仕事ですからね.特に「がん」の外科は医療の中でも究極に人間臭い仕事なんだと思います.「がん」と宣告されたときの患者さんの心境って,言葉では表現できないですよね.切除不能と判断した患者さんに,「まずは化学療法をしましょう」と内科を受診してもらったら,「薬じゃ治んないよ」とか,「余命はあと○か月ですよ」とか,ずばりと言われて泣きながら帰ってくる方がたまたまいます.そんなときはわれわれ外科医が少し救いの手を差し出すわけです.「手術という手段を薬の後に使える可能性もあるから,頑張って治療して,また戻っておいで」と励ます役回りもするわけです.
手術という危険な手法をもっている外科医だからこそ,少しの優しさをもって向き合ってあげられることもあるのかもしれません.そしていざ本当に手術で自分たちの技術を発揮する場面が来たら,技術だけでなく外科医としての精神性の全てを出し尽くして治療にあたり,その後も引き続きの長いお付き合いなのですから,確かに高度ですし大変なことと映るかもしれません.
―――高度ですし,複雑ですね.
本当に.
―――外科は,人間くさいし,複雑だし,時間も長くかかる.オペ室で「刹那の勝負」みたいなイメージもありましたが,どちらかというと,その対極でしょうか.
そうですね.ただ,昔は私も十何時間ぶっ続けで手術をやりましたけれど,今やそうではなく,交代で休みをとりながらやったほうがよいってことが科学的にも分かったので,術野のメンバー交代も激しいです.難しめの手術の場合でも,私の場合は「大将はちょっと控え気味」で全体の状況を見つめつついる時間が結構長いです.いよいよ最難関地点に近づいたら,「じゃあそろそろ入るか」みたいなことで術野に合流します.刹那の勝負的な状況も,そこそこあるのですが,困難な手術を上司の前で安心しながらやることが,中堅外科医が技術を磨くのに最高の環境ですから,存分に経験をしてもらうようにしています.手術メンバーを交代するシステムでは手術の質もより向上するので,先発完投型の手術は過去のものといってもよいくらいです.学生さんたちや研修医にも「これほど分業体制なんだ」と驚かれますが,そうしないと働き方改革にも対応できません.どんなときでもベストなパフォーマンスを行って,患者さんをベストな状態に戻すことがわれわれの仕事なので,良いことは全て取り入れるようにしています.ただ,働き方改革でカンファレンスの時間が極端に希薄になるのだけは避けたいところです.
―――議論が十分に尽くされないというのは残念ですね.一方で,手術については,ベストのためには分業も必要であると.
おっしゃるとおりです.一回一回の手術がチーム力を上げるための重要な過程です.多くのメンバーが多数の手術に携わることで,過度の疲労がなく,それぞれの経験値はアップします.術者の経験も分業ならば,多数回を経るとトータルで術者を経験している体になります.そんななか,私自身,ここぞというとき以外は術野のビデオモニターに張り付いていたり,直接,のぞき込んだりして,かなりねちっこく監視?したり,頻繁に術野に声をかけたりしています.
<こんな場面,みんなはどうする?>
最近は手術以外の治療法も進歩しているので,術前治療例や再発例のような難しい手術もどんどん増えてきて,手術中に究極の決断を迫られることも相当あります.その一方で,手術以外の場面でも外科医ならではの緊迫する場面も多くあります.手術は教科書としての手術書がありますが,そこにはない非定型的なことや,活字では学べないこともたくさんあります.
人間全員が非定型的だから面白いのですが,究極の場面の一つとして,学生講義のスライドに患者さんへのインフォームドコンセントの席にヤクザの息子が乱入して,自分の親の手術に文句つけるシーンを提示します.
―――そんな講義を(笑).
「こんな修羅場で,みんなならどうする?」と聞くのです.「アメリカのドラマだと,警備の人がすぐ来るけれど,日本は来ないよ.どう対応するの?」と(笑).他にも,「結果が悪くてもいいから,是非とも先生に手術をしてほしい」と言う患者さんに迫られたら,どんなふうに説明する?どんな態度がいい?みたいなことで,いろいろなシチュエーションを想定させます.社会的格差の激しい現代社会では,経済状況にも様々です.「全員が同じ治療を望まないけれど,どう対応していく?」という問いかけをするのです.答えがでないことも多いですけど,「手術だけやっていればよいなんてことでは全くないんだよ」と,外科の奥深さのようなものが伝授できればと思って講義をやっています.
講義スライドの最終ページには,「人間力」という3文字を必ず出します.どんなに困難な状況でも,さらりとコントロールできる力が「人間力」であり,それには言葉や態度や行動ももちろん含まれていて,それらの総合的な力であり,外科医としての重要な素養であるとして講義を締めます.
講義でいうと,「がん」外科医はある種の求道者的な面があることを伝えようとも思っています.なぜなら,駆逐すべき敵である「がん」の全てが未だ見えてはいないので,ここまででOKというのがわかっていないからです.この患者さんにとって最も適した手術はどんなものか,どこまで切除すべきか分かっていない.しかし,いつも最高を求められ,最高の手術ができると信頼してもらって,実際に最高の結果を出すために努力を惜しまない.簡単ではないけれども,常に患者さんのために最高を求めていく,その一歩一歩が新たな手術や医療の進歩につながっていく,それも含めての外科なのだと強調しています.
―――それは,時間もかかりますね.
たとえば心臓弁膜症のような機能性疾患だと「今,数字がこれだけ低下しているから,この弁をこう治したらこれだけ回復します」というように数字で表現できるけれど,「がん」の場合,たとえ腫瘍マーカーの数値があっても,それだけでは計り知れない様々な腫瘍の状態があります.さらに,現状がどう変化していくか,全身にどう影響していくかを言い当てることは難しく,本当に未知なる敵です.手術治療や手術以外の治療がうまくいって患者さんが無事,かつての日常に復帰することが最低限の目標ですが,それすら道半ばにすぎません.これからも相当な努力が必要であり,短期勝負では絶対あり得ないですね.いかに長く健康で人生を謳歌してもらえるかも極めて重要であり,本当に長い話です.
手術を行って,たとえ9割の患者さんが治癒したとしても,残り1割の患者さんは確実に命を奪われるのが「がん」です.その1割の患者さんを助けるためにも,新たな答えを出さなければいけないと思って治療をします.ましてや,膵臓がんのような「難治がん」では,長期的にみてもいまだ手術患者さん全体の2~3割程度しか助からないのですから,相当に重く難しい課題を背負っていることになます.敵は手強い,だからこそ頑張ることができるできる,そんな風に思うと実に魅力的な仕事だと思います.
<え,それがなんだ?>
―――仮に,平野先生が今の知識を持ったまま「転生」し,ふたたび医学部を卒業されたとして,いい外科医になるためにはどのようなトレーニングを積まれますか?
環境ですが,一つの施設で一人の指導者に長く教わるというのは,ちょっとリスクが大きいのでやらないでしょう.小さな施設でも大きな施設でも良いのですが,いろいろな規模の施設を組み合わせて選択し,トレーニングをすると思います.しっかりした教育施設にいれば,きちんと指導してくれますが,その中にいても,自身のモチベーションをしっかり保てるかが重要なので,メンタルトレーニングなどを取り入れたりするかもしれません.現在の自分は手術トレーニング法について多くの知識を得ていますが,たとえ過去に戻ったとしても,これまでやってきたことと同じで,多くの先輩達の手術から素晴らしい技術を模倣させてもらって,自らのスキル獲得に励むと思います.「良い外科医」の定義は難しいですが,そうなることはそれほど困難な道のりではないと思っています.
今の若手は働き方改革で18時には院外に出られますので,たくさん時間があります.やりたいと思ったことは確実に何でもできますよね.ただし,何かをやろうと思うか思わないかで,その後の成長の程度がかなり違ってくるように思います.キャリア形成としては,自然に成長させてくれた過去より,結構,厳しい時代になった気がしています.
―――平野先生はモチベーションをどう保たれているのでしょうか.
「人を治す」という行為への憧れがずっと薄まらずにあるので,それがモチベーションであり,特に何か特別なことをしていません.ただし,それが上手くいかなければ,おそらくフラストレーションが膨大になり,その憧れも薄まったり,おかしな願望にすり替わったりしてしまうのかもしれません.
「治すこと」の最も大きな要素は手術ですから,これがきちんと上手くできることが絶対的に必要なことなので,答えは「手術が上手くいくように自分を鍛えること」がモチベーション維持の方法と言えるかもしれません.
では,上手く手術を行うには何が必要かというと,端的に言うと「量ではなく質」であり,さらに言うと「量は弊害」という考えです.ハイボリュームセンターで次から次へと手術をして,その数で満足するのがよくやる間違いで,上手くなるには一つひとつの手技・操作について,どうしたら上手くできるかを「深く考える」行為が不可欠なのです.
現代の研修医は「救急車を100台受けた」とか,「救急患者を30人診た」とか,数で勝負と思っていますね.実は,同じ疾患を多数こなしても,ただ慣れただけなのです.ちょっとしたイレギュラーな症状が加わったら,もしくは自分のよく知っている疾患パターンにはまらなかったら,簡単にお手上げ状態になるのです.これは,日々忙しく多くの患者に対応ができて満足してしまい,じっくり物事を考えることをしなかった(できなかった)結果で,立派に“応用力欠如先生”ができあがってしまったのです.手術も同じです.一般な定型手術をいくら数多くこなしても,上手くなる方法や理論をいつも考えながら少数例でもじっくり取り組んだ者には勝てないのです.真の実力は,非定型的な困難例をいかに安全に実施できるかなのですから,応用力を磨いてきた者の勝ちです.そういう意味では,ハイボリュームセンターが常に良いわけでは決してないですね.田舎に行けば行くほど人間力が磨かれますし,応用力も身につきますね.おまけに,町中の人と知り合いになれます.
―――私はこれまで,「やっぱり若いときはハイボリュームセンターで研修したほうがいいんじゃない?」なんて,安易に言ってしまっていました.
いや,いいんです.ハイボリューム施設ももちろん必要だし,効率的に学べることもなくはないですから.しかし,地域医療や医師偏在の問題もありますし,ハイボリュームセンターに行かずとも,小規模施設で時間を有効に使うことこそ,全員にやってもらってもいいのではないかと思っていますよ.実際,地域医療を支えている外科医の多くは総合診療医としての役割を担っています.さらに,多くの診療科の診療内容を理解して目配りができ,病院全体をまとめ上げるなど,貴重な経験と実力を身につけることができます.専門性が高い大学病院においては,そういう地域での経験が豊富にある百戦錬磨の人材こそが,本当に必要とされています. またまた,外科医ばかりが大変な役回りを担うのかということになってしまうのだけれども,そこまでやれるのが本物で,これぞ「スーパー外科医」って呼んでいいんじゃないかなと思うのです.
―――スーパー外科医!
<自分の存在を世に知らしめるべし>
―――留学や学術業績についてはどうお考えでしょうか.
そうですね.私も留学はそんなに長くは行かなかったのですが,行くと何が変わるかというと,自分という存在のアイデンティティが改めて自覚されますね.日本では,いつもの自分の居場所があって,国内留学したとしても,すぐ戻れる場所がある.でも,海を越えて,そうやすやすと戻れないところに行ったとき,「自分はこの人たちにどのように認識されているのだろうか?」という疑問から始まると思うのです.そのとき初めて,自分はどんな実力を持っているのか,手術スキル,論文業績,臨床経験と知識,それらを改めて整理する必要に迫られます.自分の全てをさらけ出す作業を経て,ようやく見知らぬ集団の中で自身が認知され,自分の立ち位置も明確になるという特殊体験ができます.それから先は比較的スムーズで,何をそこで学んだら良いかがわかり,逆に教えてあげられることもわかるようになり,充実した留学ライフを送ることができるようになります.加えて日本の医療の水準,社会保障の特殊性,海外の医療の現実なども明確に意識できて非常に有益ですね.
われわれの教室では,卒後5~6年目で2~3週間,短期留学を勧めています.経験も乏しく,紹介する自分の論文もほぼない状態で行きますので,下手に肩肘はらずに純粋な目で医療現場や異国の社会事情を見て,ホームシックになる前に帰ってきます.少なくとも,英文論文で世界がつながっていることは認識してくれるようで,それだけでも素晴らしい成果だと思っています.
私はもちろん留学大推進派です.本格的な留学は臨床を体験に行くのか,基礎研究を目的に行くのかで,国も施設も期間も大きく異なりますので,じっくり検討が必要です.臨床を経験するなら,ちょっとでも手を動かしたり,手術に入ったりできる施設を選ぶことを勧めています.実際,シニアの臨床留学は相手施設に喜ばれる事が多々あります.手術を執刀することが許されれば,かなりアウェーで,道場破り的な感覚で機器もちょっと違うし,すべて英語で会話しながらですから,これほど究極の修羅場は無いですよ.そんな経験をしたら,一生分の度胸が身につきますよね.
業績については,僕は教室員に「5年目までに英文論文1本は必須」と言っているんです.その意味は「自分の存在を世に示せ」と.どんなに若くて経験値が少なくても,もしかするとその論文1本で世界が動く可能性だってあるじゃないですか.そういう世界に自分がいるってことを認識せよということです.井の中の蛙じゃないけれども,「自分なんてまだまだ」なんて,決して思っちゃだめだよってことです.そんなことでやってきたのですが,ほとんど全員が大学院生になっていきます.
―――今の時代にそれはすごいですね.
論文は,この職種のプロとしての自分を表現する大切なツールの一つです.しかも世の中のためになる.「こんなすごいこと,他の仕事だとそうそうそうないぞ」と言います.でも,実のところ,他の教室よりはうるさく言っていないと思います.そういう時代でもなくなったので,言えません.それでも,こっちのチェックが辛くなるくらい,みんなが論文を書いてきますので,良い土壌ができているのかもしれません.
教授がやれ書けというからとか,そういうことではなく,自分が医師として,プロフェッショナルな外科医としてここにありっていうことを示す意味をわかってくれていると信じたいところです.
<覚悟>
―――平野先生は本道を歩まれていますが,学生の中には,ちょっとひねくれた人もいて(笑),王道・真ん中をちょっとはずれたところを目指す人も多いと思います.学生時代の平野先生が,大きいところをまっすぐ目指されたというのは…….
学生時代は不良学生でしたね.北海道大学の医学部でなく,スキー部医学科みたいなところにいました(笑).他の学生が講義室にいる間,その時間の何倍も雪上にいたのです(笑).
ただし,実習で手術というものを目にしたときに,これを生業にするためにはかなりの覚悟が必要だなと感じました. 今でいう研修医が終わろうとする頃,心臓血管外科の手術に入ったのですね.当時はまだそれほど手術成績も良くなかったのですが,手術が終わって患者さんがICUに入ったのは夜10時か11時です.まだ,出血がしっかり止まっていないので,ドレーン排液は結構,赤い状態です.驚いたのは,さっきまで長時間手術をしていた執刀医が患者のベッドサイドの床にあぐら座りをしていて,ドレーンがつまらないように懸命にミルキングをしている光景でした.「手術をしたら絶対に治さなければいけない」という覚悟,これを日常的にやる人種はすごいなと思いました.
学生時代からスポーツでもなんでも,とにかく覚悟を持ってやらなくてはいけないということを教え込まれました.……いや,幼少時からそうだったかもしれません.だから,いろいろなことをやるうえで,覚悟を強いられることを受け入れるのは案外たやすかったのかもしれません.この覚悟さえあれば,人より多少大変でも,楽そうな人たちを羨ましく思ったりしないわけです.自分の使命だと覚悟しているわけですから.
外科医の全員がこれほどの覚悟を持たなくてもよい時代かもしれませんけれど,やはり他領域と比べると,一定の厳しさの中で患者さんの命と向き合っているのが現実です.この危ういところを一定の人数で懸命に守らなければ,現在の医療レベルが維持できないのも事実です.現代は平等であることが当然で,損は絶対したくない若者が多いですし,もしかすると「覚悟」の二文字はすでに死語なのかもしれませんけれどね.
外科医の仕事を,「誰かがやらなきゃいけない」,「全員じゃないけれど誰かだ」って,僕はよく言います.学生さんたちのなかにはきっと「自分かな….」と思っている者がいると信じています.「自分がやるべきではないか」と思ったら,その正直な心の声を素直に行動で表してほしいと思っています.
―――最初から悩みや葛藤なく,まっすぐ外科を目指された,という意味なのかなと思ってお話をうかがっていたのですが,どうもそうではなくて,強い覚悟があると,悩みや葛藤はその下に入ってくるのかな,という印象を受けました.
そうですね.悩みや葛藤を凌駕するだけの覚悟を身につけられるか.その覚悟を持つ自分の姿を主人公とした人生の物語を書けるか,が勝負どころだと思います.今の時代,それがかなり難しくなっているのは,先ほどの若者の嗜好からすると必然なのだと思います.
―――今のほうが難しいですか?
難しいと思います.なぜなら,覚悟を持って何かをするということは,他人と違うことをするということになりますから.他人と違うことをすることに極めて敏感な世代です.手をつないで徒競走のゴールを一緒に切る世代です.「他人より飛び抜けたり,前に出たりすること,無償の精神で他人のために献身すること」,そんな類いのことはなんとなくはばかられる時代ですよね.そういう社会集団がもうできあがってしまっているのですから,私のこういう想いは伝えにくい状況です.
「自分はこんな人であって,こういうような人生を生きたいんだ」という意思をきちんと自身で決められて,その道を自分で探すというたくましさのようなものが,いつの間にか失われたように思います.そんな時代に,辛い仕事,厳しい仕事,責任の重い仕事,常に出来・不出来を評価される仕事,それはやっぱり厳しい世界としか映らないし,そこに魅力を見いだすことは至難の業かもしれません.
<情熱>
―――本書では基本的に学生さんや研修医の皆さんに読んでもらうような編集をしていますが,ちょっとイレギュラーな質問をさせていただきます.私は現在,卒後22年目の47歳ですが,平野先生から見て,私たち世代の医師に言いたいこと,「ここをもっとがんばれ」と思っていることなどはありますでしょうか.
何かに思いっきり熱くなってほしいなっていう思いはあります.「がん」にたずさわるのだったら,なおさらそうです.先ほどの教室訓ですが,「情熱・愛情・勇気」の順番は,「情熱」がないと何事も始まらず,あとの二つが続いてこないのですよ.
人間にはそれぞれ,存在するに足る,何らかの使命があると思っています.自分はどういう自分なのか,自分は果たして何をすべきなのか,何をするためにここに生きているのか,を自問してほしいと思います.
「世に生を得るは事を成すにあり」は宮本武蔵の言葉ですが,自分にはやるべき使命があり,それをやり遂げるために生きるのだ,という覚悟を意識させてくれる素晴らしい言葉だと思います.辛いこと,大変なことが極力なく,楽ちんに人生を送りたいと思ってしまうのは人間の性(さが)かもしれないけれども,「その人生が終わるときに『楽ちんでよかった』って言うしかない人生を本当に選択したいのか?」と,タイパ至上主義にとりつかれている連中には投げかけたいですね.

