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難しくない病理診断というのもある。ぱっと見でわかるというやつだ。一瞬で書ける。しかしその書けたものがもたらす影響は大きい。
そこで、「あっという間に書ける診断」のときほど、きもち、寝かす。何時間も寝かせて診断報告を遅らせるという意味ではない。10秒とか、1分とか。いったん気持ちを冷やす。
微小検体。プレパラートを顕微鏡に乗せる。見る。もうその瞬間に癌なわけだ。あきらかなのだ。そこでいったん目をはずす。依頼書を読む。カルテをチェックする。番号を間違っていないか、採取された臓器と見えている臓器とがきちんと合っているか。そういったところをいつもより気持ち念入りに確認する。よし。そうか。よし。軽くためる。軽くためたあとに改めて顕微鏡を見る。やはり絶対に癌だ。
報告を書く。PCに向き直る。今ついている画面に表示されている患者番号が合っているかどうかを確認する。癌であると書く。診断名。所見。シンプルでもかまわない。しかし診断を送信する前に、写真を撮る。
顕微鏡で見ている細胞のようすを、顕微鏡に付属しているカメラで撮影する。それを報告書に添付する。ここで診断時とは違うタイプの脳を導入する。「いい画角」で、「いいフォーカス」で、「いい色温度」で、「いい絞り」で、ぱっと見で癌だとわかるような写真を撮るための思考。その手間、その遠回りを使って、寝かして、間をあけて、それからあらためて、診断を送信する。
「きもち、寝かす」はかなり重要だ。ミスが減る。信じられないようなうっかりも減る。気づかなかった細かな所見を新たに拾ったり、所見の中に書ける一言が増えたりすることもある。
難しい症例というのは、あたりまえだが考える時間が長くなる。一方、いわゆる「簡単な症例」のときには、むしろ考えが浅い状態で診断を確定できてしまうので、かえって危なかったりする。「簡単な症例」だなと思ったときほど、あらかじめ決めておいた「手続き」を丁寧になぞり、十分に間をとり考えてから診断を出す。
なんかそういうタイプのコツなのだと思う。今日の話は。