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寝坊気味。スタッフが出勤する前にメールの返事。始業時刻の直前に、WSI(whole slide image)ファイルを再生するためのアプリをダウンロードするよう求められる。そういえば前に使ってたPCで一度これ入れてたけどめったに使わないから忘れてたな。再ダウンロード。再インストール。これでWSIが開けるはず。クリック。エラー。なんでや。悶々とした状態で始業。
スタッフが次々出勤してくる。昨日、ほかのスタッフが診断した生検のチェックをはじめる。さっきのWSIビューアーのエラーが気になるけどいったん保留にして生検のチェックをすすめる。全体的に特に異論がない。一部細かな所見の差についてあとでディスカッションしようと思い付箋を貼る。付箋は近ごろはよく使うので大きいものにしている。にしてもさっきのWSIビューアー、思い出した、あれは米国製の頭の硬いやつで、そうか、そうだ、ファイルを入れているフォルダの名前に漢字が入ってるとエラーになるとかいう注意書きを1年くらい前に読んだ気がする。WSIファイルをデスクトップの英字のフォルダに格納しなおして開くと無事閲覧できた。これで週末の研究会の病理解説プレゼンが作れるだろう。安心して生検のチェックの続き。ほぼ終わったが追加でとても難しい1例がやってくる。当院では診断しきれない可能性が高いので、専門家にコンサルトすることになりそうだなと考える。造血器系の専門家で、リンパ腫以外の病気に詳しい人、思い浮かぶのが1名いる。思い浮かべた人に直でお願いするか、病理学会・がん研究センターを介するか、悩む。保留にする。ひとまず当院で施行できる免疫組織化学でやれることをすべてやってからコンサルテーションのことを考えよう。コンサルテーションに出したら3週間以上かかってしまうから、各方面に周知しておかないといけない。昼食前に主治医に電話をかける。「すみません今ちょっと……あとでかけ直します」。忙しいな。承知しました。昼飯を食いに行く。
A定食の煮込みハンバーグに箸をつけようとしたところ折り返しの着信がありマスクをはずしたまま電話に出る。あの方ですか。そうですか。進捗ですか? 生検の結果が出次第、治療しようかと。そうですか……そうですよね。じゃあ病理学会経由でちんたらコンサルテーションしているヒマはないなあ。直接偉い人に聞いてみます。あっでもじつはもう治療始めてるんですよ。えっそうなの。そういうことはよくある。まあ始めますよね。だって診断が大事なんじゃなくて治療とか生命維持のほうが大事なんだもんね。すみません診断が遅れてご不便をおかけします。
診断に悩むことはある。しかし診断が出るころには患者が死んでいるかもしれない。あるいは今の治療が劇的に効いて生きているかもしれない。それを決めるのは私の仕事ではないが、それを想像しながら診断をするのが私の仕事である。
私の仕事は病理診断である。
米粒写経の談話室の配信応援チケットを買ったお礼が届いている。お礼というのは特別な動画だ。あとで見よう。あとというのはいつだろう。スタッフが免疫組織化学を加えて診断した症例のチェックを行う。2例、2例、間を置いて、3例。Desmoplastic small round cell tumorかと思って気を揉んだ症例はDSRCTではなかった。CK5/6がまだらに染まりこむかなと思っていた症例では染まり込みは見られなかった。Deeper sectionを出すともう少しわかるかなと思った症例はわかるようでわからなかった。電話がかかってくる。「先生、こないだのあれ、リンパ節を刺したんだけど、リンパ節だった?」「そうですねえ、リンパ節の証拠はなかったですから、リンパ節かもしれませんが、リンパ節じゃないかもしれませんね」こんな禅問答みたいなやりとりでも臨床医は前に進める。
手術検体のチェックに入る。マッピングも所見書きも終わっているものを見る。病態となんの関係もない副所見が目に入る。虫垂の粘膜内の良性病変。膵尾部脂肪織内の副脾。我関せずの偶発所見たちが病気の深刻さを一切斟酌せずにそこでのんびり微笑んでいる。