5|8
病理組織像、たぶん、この病気だろうなという目星はついている。経過はまあ合う。発生部位も問題ない。ただ、年齢がおかしい。ふつうこの年齢には出ない。
だから確定診断を出しづらい。
そういうことは月に何度かある。「病理組織像は典型的だが、本来出現しない年齢の人に出ている」。「病理組織像は典型的だが、普通と違う場所に出ている」。そこで立ち止まる。悩む。
コモンとレアの掛け算のことを考える。
コモン×コモン コモン×レア
レア×コモン レア×レア
この話を考えるときはいつもビートルズが鳴っている。
コモンな病気のコモンな出方。喉の違和感で発症して半日くらいで熱が上がってきて咳、鼻水を呈し、抗原検査でコロナです、といったら「あー典型的だなあー」と思う。
レアな病気のコモンな出方。20万人にひとりしか発症しない大腸の◯◯病です、といったら、「うーむ珍しい、けれどこの場所に出ることがあるんだよなあ」と納得する。
コモンな病気のレアな出方。どう見ても◯◯病だけどこんな年齢で出るかなあ?
レアな病気のレアな出方。診断したことない病気だけど教科書と出方が違うなあ。
この4つのパターンのうち、納得して診断が出せるのは前のふたつ。うしろのふたつはすごく悩む。つまり「頻度」の部分がレアだと迷ってしまうのだ。統計の話になるということ。病理で細胞を見ればコモンだろうがレアだろうが決着つくだろう、というのはなかなかの大間違いである。
一日中、この病気のことを考えている。さっさと診断しないと治療がはじまらない。治療こそが医療なのに診断でストップしているというのは申し訳ないことだ。そして、私は、診断しかしない仕事人なのだから、よけいに申し訳ないことだ。